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赤いはうそつきの舌

こうだたけみ
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「赤いはうそつきの舌」

冷たい雨が降ってきても傘をささずに歩く若い男性。長袖のワイシャツにスーツのパンツ姿で四角いリュックを背負っている。線路脇の金網に吸い寄せられてはぶつかってふらふら離れるのを繰り返す、まるで誘蛾灯に集まる虫。後ろでしばらく観察していたけれど追い越して足を速める。背後から絡まれても対処できないし。案の定、喚き声が追ってきた。ねえ、そんなになるまで飲むってどんな気分ですか。

「ねえ」
「ねえ、わかったー?」
「わかった人ハーイして」
「だめだよ、お店のもの持ってオソト出ちゃ」
コンビニの自動ドアからママに抱えられるようにして出てきた三歳くらいの子供には反省の色がまったくない。というか意味がわかっていないんだろう。続いてパパらしき男性が出てきて二人を追いかける。と見せかけて、ポケットのゴミをガードレールの陰にポイ捨てした。なに食わぬ顔で。追いつく。親になるって、なんだろうね。

あなたは治療開始前に妊孕性温存について説明を受けましたか。AYA世代がん患者に対するアンケート。たとえ説明されてもそんなことを考える余裕なんてないかもしれない、普通は。目の前で自分の生死が左右されてたらまだ見ぬ命のことなんて考えられないでしょ。説明なしの何割かは覚えてないだけだったりして。
「抗がん剤ではがん細胞だけじゃなくて卵子もダメージを受けるのね。そのあとホルモン治療を十年やったとして四十五歳でしょ。そこから妊娠はむずかしいと思う。卵子は保存もできるけど、お金はかかるよ」

三月から居候し始めた甥っ子に「笑ってる時はいっつもうそついてるよねー」って言われたという上司の話を聞きながら、まるく収まるならなんでもつけばいいと思っている。どうぞバレないやつを。わかったような顔してやり過ごす日々。運よく生かされたことへのありがたみは当然のごとく薄れて。赤いは、うそつきの舌。忘れられるから生きていけるのだとも言えますし忘れるから繰り返すのだとも言えます。魚のように泳いでいられたらいい。私、金槌なんだけど。

したにひたしたあいらびゆ
さかしま You, Be (a) liar.
足した日に足し生き延びて
うそつきになっちゃいなよ
みんな、あいしてるからさ

褒められて伸びる子です。 というか、伸びたい。