見出し画像

私を動かす文学 川上弘美「神様2011」

川上弘美著「神様2011」(講談社)には、短編「神様」と「神様2011」とがこの順で収録されています。「神様」は、川上弘美さんのデビュー作。「神様2011」は、「神様」をベースに3.11原発事故の後に新たに書かれた作品です。

「神様」は、語り手である"私"が、同じマンションに住む"くま"と川へ散歩に行く話。動物のくまです。ご近所さんがくま?しかも一緒に散歩? ありえないって思うのに、その穏やかな雰囲気に、どこかでこんなことがあってもいいかもな、なんて思ったりしながら読みました。

そして「神様2011」。こちらも、"私"が"くま"と川へ散歩に行くというストーリーは「神様」と変わらないのですが、環境が放射能で汚染されてことにより、見える景色も、行動も違っています。

「神様2011」を読んでまず感じたのは、一瞬で日常を変えてしまったあの原発事故に対する嫌悪感。原発事故によって、普通の生活が台無しになった、と思いました。しばらくしてから気づいたのは、そもそも"くま"が同じマンションに住んでるシチュエーションの奇抜さを「神様2011」では全く感じなかったこと、むしろ、"私"が"くま"と散歩にいくのは、ごく普通のことのように感じたことでした。

なんだろ、「普通」の生活って。私の当たり前も、他の誰かにとっては非日常・非現実的な要素を含んでいる。そして、今日の「普通」は永遠ではない、そういう当たり前のことを思い出させてくれました。

3.11原発事故から11年経った今年3月、私がいつも聴いている2つのラジオ番組でこの本が取り上げられました。

一つ目の番組は、作家の小川洋子さんが名作を紹介するメロディアスライブラリー。この放送で最も印象に残ったのは、小川洋子さんのこの解説。

「小説っていうのは、決して声高に叫ばなくても、こんなふうに静かな声で、くまと私のようなさり気ない静かな声でやり取りする、そのことで実は物事の本質を記すことができるというね。それが文学の役割ー」

TOKYO FM『Panasonic Melodious Library』2022年3月6日放送送より 

もう一つの番組は、高橋源一郎の飛ぶ教室。この番組では、作家の高橋源一郎さんと川上弘美さんの対談が放送されました。川上弘美さんは、原発事故について、自分に対して怒っていました。それまで無関心だった自分を責めていました。

川上弘美さんが「神様2011」を書いたのは、3.11の直後だそうです。3。11直後といえば、まだテレビでは津波や原発の映像が繰り返し放送され、バラエティー番組もCMも自粛。福島からは離れた土地に暮らしている私も漠然とした不安に包まれていました。

川上弘美さんのお話を聴いていて、川上さんが原発事故を自分ごとに引き寄せて、なんとかしなくちゃという思いで、執筆したことを知りました。私のように、ただ嫌悪感を抱くだけでは何も変わらないし、不安に思っていているだけでは何も進みません。不安って、望ましい未来と現実にギャップがあるから生じるのではないでしょうか。そのギャップを埋めて望ましい未来に近づくために自分ができることは何か、いま大切にすべき私の「普通」は何か。「神様2011」を読んで聴いて、私は、知ること、考えること、そして行動すること、その大切さに改めて気づかされました。



サポートいただいたら・・・栗きんとんを食べたいです!