【下呂】穏やかに戻る、時の流れ
緊急事態宣言が出されたあと、全国の観光地から人は消え、街全体はこれまで体験したことがない状況を目の当たりにしたそうです。
日本3大名泉と呼ばれている、岐阜県下呂市の下呂温泉は、これから紅葉の季節を迎えます。
1年で最も人が訪れる時期をどう迎えるのか?
新型コロナウイルスが残した爪痕と、下呂温泉の”これから”を取材しました。
都心部から電車で2時間、人々は癒しを求めてやってくる
名古屋市から特急ひだで約2時間、大きな車窓から飛騨川を眺めつつ、どんどん山奥に入る。自動アナウンスの観光ガイドに耳を傾けながら、窓の外をぼんやりと眺めた。
Go Toトラベルキャンペーンが始まってから、下呂に訪れる観光客は徐々に戻りつつある。この日も温泉地を求めて、ワクワクしながら車内で談笑する人たちが多かった。
全員マスクをし、向かい合う席がないこと以外は、以前と何も変わらない。
下呂駅に降り立つと、強い日差しを感じながらも、少しひんやりとした風を受ける。
日中は暑いかもしれないが、間違いなく秋は訪れているのだろう。
スーツのジャケットをピンっと直してから、歩き出した。
下呂温泉には自動改札がない。ホームに降り立った人は切符を渡し、ホームに入る人はアナウンスがあるまでホームに立ち入れない。昔懐かしい風景だ。
不便と言われたらそれまでだが、非日常的な感覚が私は好きだ。
コロナが残した爪痕
駅を降り立ち温泉街へと向かう途中、お土産屋さんを横切る。
最近改装したばかりのお土産屋さんに足を向けるが、やはり人は少ない。
下呂や飛騨高山の名産や銘菓、伝統工芸品など、所狭しと並べられている。
お店にはビニールのカーテンがひかれ、アルコール消毒を促す店員さん。試食のお菓子は下げられている。
”本当は試食も出したいし、こんな仕切りは無くしてお客様と会話がしたいんですけどね。”と話す店員さんは、どこか寂しそうだった。
飛騨川の橋に向かって歩るくと、シャッターが閉められたお店が目立つ。
張り紙には”臨時休業”と書かれている。長年続く老舗の和菓子屋だ。
withコロナと言われているものの、やはり現実は甘くない。
ある日突然やってきたウイルスが及ぼした影響は、あまりに大きかった。
一瞬で、これまでの歴史と日常を奪っていったのだ。
”下呂が好き”訪れる理由は、ただそれだけ。
下呂温泉には、無料の足湯がたくさんあり、世代を問わずたくさんの人に利用されている。
飛騨川には無料で入浴できる混浴温泉もある。
現在は水着着用が義務化されているが、以前は裸でも利用できたそうだ。
秋の好天に恵まれた取材当日、穏やかに揺らぐ水面を目の前にした私は、思わずスーツのズボンをまくり、そっと足を入れた。
なんて開放的で気持ち良いのだろう。
ほんのり漂う硫黄の香り、透明でしっとりなめらかとしたお湯、肌に優しくまとわる感覚が心地よかった。
”水着が義務化になってからは、通っていた地元のおじいちゃん達が来なくなってね。まぁしかたないのだろうけど。”
そうやって私に話しかけてきたのは、神戸からやってきたご夫婦。
毎年2泊で下呂温泉にやってきて、穏やかに流れる時間を楽しむのだそうだ。
”今年はやはり人が少ないけれど、私たちは来年も再来年もまた来るのよ”
そう言って嬉しそうに語る奥さんが、可愛らしい。
そんな奥さんを愛おしそうに優しく見つめる、ご主人が印象的だった。
ゆっくりと、動き出す街
14時をすぎると、下呂の街並みは日陰が多くなる。
山が連なる下呂は、日が落ちるのも早いのだ。
観光客は、決して多くはない。しかし、14時をすぎると、街は忙しなく動き出す。
下呂温泉の飲食店は、ほとんどが14時で閉まる。
同時に、旅館に宿泊する人たちがチェックインをするのだ。
下呂駅・温泉街から旅館へ向かう人たちを迎えに、宿の送迎バスが行き交う。
観光客は減ったかもしれない、しかしこの地に魅力を感じる人々は毎日やってくる。
”街全体がゴーストタウンみたいになったとき、どうしようかと思ったの。確かにコロナは仕事やお客さんを奪ったけど、終わりではないの。
1人でも下呂にきてくれる人がいる限り、私たちはおもてなしをします。そしてまた帰って来ていただけるようにお見送りをするんです。
たとえ売り上げが落ちても営業時間が短くても、1人でもここに来てくれるなら、お店は開け続けます。これからもずっと。”
お昼に入った蕎麦屋の女将の言葉が、これほど心に染みるをは思わなかった。
夏は若葉・春は新緑・秋は紅葉・冬は雪景色…
穏やかに流れる飛騨川と生茂る山たちが、そっと見守る。
特別な名所がなくても、ふと立ち止まってシャッターを切ってしまう。
忙しない日常を、忘れられる。そしてじっくりと流れる時間を感じられる。
そんな魅力を感じる街だった。
たとえ情勢が変わっても、下呂の街はこれまで通りいや、もっともっと愛されていくのだろう。
取材地:岐阜県下呂市
撮影時期:10月上旬
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