クレヨンしんちゃんのフィギュアを握りしめた末っ子から届いたメッセージ「オラは打算なきスーパーヒーローなのだ」
土曜日。
5時起き、noteを作成・更新、20kmラン、
ゆったりお風呂。
特別なことのない限り、これがここ2年間のボクの朝のルーティーンである。
午後は3人の子どものうち2人を連れて外出。残りの1人は妻の担当。
先週、自慢にもならないが、自身初の渾身の(笑)5000文字の記事を完成させた。前日に、メモがわりに書きなぐったノートを確かめてみると、これを文章として完成させるのは2〜3時間では到底ムリ。
ヤバい…どうしよ。
ルーティーンが崩れることを懸念したボクは、起床時間を4時に急遽変更した。毎日更新を続けるnoterさんに敬意を評しながら、ボクは確信した。
こんなのは2度とムリだ、と。
1週間のうちたったの1日書くだけで、
ナニをおまえは言うているのだ、と思われるかもしれないが公開と同時に任務完了と言わんばかりの謎の達成感があった。
もはやここまでくると業務である。
これはイロイロとだめだな、と。
いいトシしたオッサンってこともあるけれど、ボクのSNSへの向き合い方は、無理に人に好かれたいとは思わないし媚びることはしない、わかりあえないということをわかりあえればいい、と決めて好き放題に綴っている。
が、
それでもやっぱりこうしてわざわざ読みに来てくれるありがたい読者さんもいるわけで、その読者さんの時間をさほど奪わずに、またライトな内容で2000〜2500文字でまとめることを“今日から”目指したい。
それは自分のためでもある。
改めてそう思った先週土曜日。
その日の午後。ありふれた日常の一コマがそこにあった。
次女と末っ子(男)のペアを連れだし、100円均一に行った。
次女はキッズ用のオシャレ用品、末っ子はおもちゃ。子どもたちにとって100均は夢の宝庫であり、もちろん親にとっても財布に優しく、困ったときの我が家の行きつけの地である。
買い物をすませた後、次女の提案で来た道を遠回りして少し離れた公園を横切って帰ることにした。
しばらく歩いていると、末っ子がワチャワチャとぐずりだした。
“歩きたくない”、
“のどが渇いた”
ああ、面倒だな。
連れてこなけりゃ良かったな。
直前まで長女と次女のペアにしようと思っていたボクは、ひどく後悔した。
少しばかり次女が末っ子の気を散らしたり、紛らわしたりしていたが、このグズりが結構しつこい。
ここまできたら経験則で分かっている。
次の段階に進むと地べたに座り込み、こちらが「知らん」とばかりにほったらかしにして置き去りにすると、
ギャーっとこの世の終わりかのような大声で泣きわめく。
うーん…。
そうさせてしまっては、ここから抱っこして帰るハメとなるか。悪いがそのパワーが今日はない。もちろんグズる幼児の教育・しつけは必要だと分かってはいるが、
今日に関しては…
甘んじてやろうか。
喫茶店に入って休憩しよう、
そう決断した。
◇
末っ子がグズった少し先のところ。
とても小さな喫茶店があった。
交通の便はよくないし、駐車場もない。
客層は大衆をターゲットとしているとは決して言えず、一見さんお断りとまでは言わないまでも、ここにくる大半の客は店主と顔なじみであろう。見るからにそんな雰囲気の漂った“アットホーム”な喫茶店であった。
入店すると50代の女性がカウンターの中で調理をしていた。彼女が店主であろう。
傍らにはウェイターと思われる20代の男性。彼は無表情でボーっと立っていた。
あとで判明したが2人は親子。この喫茶店は母と子の2人で切り盛りする店であった。
カウンター席には老夫婦が座っていた。2人は店主とニコニコ話しており、おそらくここの常連さんであろう。
奥のテーブル席には、50代かな、派手な服を着たゴージャスな婦人が一人で座り、もの静かに雑誌を読んでいた。
実は、入った瞬間の「いらっしゃいませ」から始まり、この空間に足を踏み入れた瞬間にボクはなんともいえない違和感を覚えた。
ボクら三人は、入口そばのテーブル席に腰をおろした。座るなり末っ子は、もっていたクレヨンしんちゃんフィギュアを取り出して遊びだす。さっきまでの不機嫌はどこにいったんだ。かなりの上機嫌である。
次女は100均で買ったばかりのヘアアクセサリーをつけたりはずしたりして自意識過剰に手鏡を見ながらニコニコとしていた。
ホットティーに、オレンジジュース2つ。
メニュー表を見るまでもない。注文するものはすでに決まっている。ボクは子どもたちの挙動をぼーっと眺めながら束の間の平穏の中で、ウェイトレスがくるのを待った。
しばらくすると
男性が水をもって注文をとりにきた。
喫茶店に入ったときに覚えた違和感の正体は、ようやくここでわかった。
「ありがとうございます!ありがとうございます!注文は何にしましょうかー!」
男性は騒々しかった我が子もおとなしくなるほどの場違いな大声を繰り返し、ボクに注文を聞いてきた。
そのときボクは、
彼に障がいがあることを知った。
ボクは障害をもつ彼が間違えないようにと意識的に丁寧に、そしてはっきりと注文をした。
すると、
「ホットティーと、オレンジジュース2つですね。少々お待ちください!」
これまた場違いな大声で注文内容を繰り返した。店主にパッと目をやると、目の合ったボクに軽くペコリと頭を下げた。
「ブレンドコーヒーお待たせしましたー」
ボクの席で注文をとった後、
ウェイトレスの男性は奥に座っていたゴージャス婦人に注文品を持っていった。
ブレンドコーヒーと、ミルクそして砂糖をテーブルに置くと、「伝票を失礼します」といってその場から去ろうとした。
そのときだった。
小さな喫茶店中に響き渡る、なにやら穏やかではないキツめの声が聞こえてきた。
「あのね!何回言ったらわかってくれるの!?ねぇ。いつも、言っているでしょ。ミルクはもってこないで、いらないって言っているでしょ。ミルクのにおいが嫌いなのよ!」
どうしたらいいか分からずに呆然と立ち尽くす男性。
さっきまでカウンター席の老夫婦とニコやかに会話をしていた母親が、
咄嗟にフロアに出てきて、ゴージャス婦人に「すみません」と頭を深々と下げ、テーブルにあったミルクを取り去った。しかしそれでも怒りは収まらない。
“いつも”、“常連なのに”、
などブツブツとなにやら文句を続けている。なにを言われても頭を下げ続ける店主。
一瞬にして場がピリっとした緊張感で包まれた。
ボクは、めんどくせえ人だなあ、意味のわからない人だな、と思いながらもSNSと同じ。
この手の面倒には関わらないほうがいい。この人のとる態度の意味は一切わからないし、許容はできないけれども、ボクが諭す必要はない。わかりあえないということをわかりあえればいい、という心の声に従ってスルーを決め込んだ。
パッと子どもたちに目をやると、次女の表情は強張っていた。無理もない、おそらくこんな場面を見るのは産まれて初めてであろう。末っ子は、クレヨンしんちゃんフィギュアを握りしめてゴージャス婦人の方をボーっとみていた。
何も言えないボクは
何かをやるわけでもないがスマホを取り出して視線を手元にやった。
と、その時だった。
視界の隅っこで、何かが動いた気がした。
末っ子がスッと立ち上がったのだ。
クレヨンしんちゃんをギュッと握りしめて。
うわっ、外に出たいとか言い出すのか?それともトイレか?いずれにしてもタイミングとしては最悪の状況である。
「ボク、ミルク欲しい」
耳を疑った。
末っ子が、ゴージャス婦人に向かって明確にそう言ったのだ。たしかにミルクは大好きではあるが、まるでママに言うかのようにここで言い放った。
そして続けて、まるで家の中にいるかのように奥の席までスタスタと歩いて行き、ミルクを引き上げようとしていた店主から受け取り、ボクの席までニコニコしながら戻ってきたのだ。
この一瞬の出来事が、
大人のボクは未だに信じられない。
ボクを含めてその場にいた大人が5人。
日常の一コマ、ワンシーンを演出したそれぞれの立場から、恥ずかしさなのか、情けなさなのか、この場面を何事もなかった1分と誤魔化したくなるような空気感で包まれた。
ボクはスルーを決め込んで目をつぶり、たった一言「やめようぜ」と言えなかった自分が次第に情けなくなってきた。
あれだけ職場では営業現場におけるクレーム対策がーだの、苦情に対する受け答えはーなど、たくさんの経験を積んで身についたと思っていたが、違うそうじゃない。
それ以上に、いつからかボクは損得勘定を考えて、面倒なものから目を逸らすのが上手くなっていたのだ。
場は一転。穏やかな空気が流れた。
かといって、ゆっくりとしてはいられない。夕方から次女の習いごとがある。帰りが遅くなるわけにもいかず、注文品を飲み終えるとすぐに会計を済ませた。
「ありがとうございました!」
最後は男性からのとびきりの大きな声に背中を押され、ボクら親子は店を出た。
歩きながら、喫茶店ではずっと静まり返っていた次女がまるで開放されたかのように末っ子の行動を振り返って話し出す。
ビックリしたねー、
ママに帰ってから言おっかー、
そんな会話をしながら笑いあったとき、
“ああ、やっぱり末っ子を連れてきて良かったな。”
しみじみ、そう思った。
なにげなく、
なんとなく店の方を振り返ってみた。
すると店主の母親が店先に立っていて、目の合ったボクに深々と頭を下げてきた。
さっきのペコリとは違う。
深々と。ボクが見えなくなるまでずっと。
いうなれば敬礼である。
ボクはこの瞬間を心に焼き付けたいと思った。いや、焼き付けなきゃ自分がダメになると思った。
残りの人生。
本当に感謝した時にされるあの敬礼。
あの敬礼を何回も受けられるような人間になりたいと思った。
そう。
心の底からそう思ったんだ。
………
………そして今日。
ここまで4000字超………
すぐに誓いを破る男、オレ。
やっぱりボクは、そんな人間からははるかに遠いところにいるのだな、って。
そう。
心の底からそう思ったんだ。