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“元元元彼女”と、お泊りをしてから距離ができたのはきっと、深夜に鳴りやまなかった工事現場の穴掘り機の音が原因だった。

ウイーン、ウイーン、ウィンウィン

ウィンウィン

毎日の日課。
ボクの歯磨きは、アパガードリナメルの歯磨き粉を使ってフィリップスソニッケアー電動ブラシで入念に磨き上げ、仕上げに口腔洗浄器の水圧でシャーっと歯間をスッキリとさせる。

出張にも、旅行にも、キャンプにもmy歯磨きセットを帯同させるほどで、
かれこれ、このルーティンを相棒ソニッケアー(現在3代目)と共に朝・晩10年近く歩んできた。

加えて一ヶ月に一度のホワイトニング。
半年間隔で可愛い歯科衛生士さんによる歯茎の状態確認。
一般的にみると過剰とも捉えられるほどに、歯に徹底的なメンテナンスをほどこしてきた。

コロナで散々分かった。
人は想定外の事態が起こると、パニックに陥って過剰に反応する。
冷静になるとナニをやってたんだ、って思うことでさえもその渦中ではわからない。

ボクの歯へのこだわりだって、
きっとそうなのだ。

さかのぼること10年。
この過剰メンテナンスに舵を切らなければならなくなった事件簿がボクにはあるのだ。

毎度、朝起きると苦情報告があがるポンコツ非モテオトコ

ボクは、幼少期からゴッリゴリの歯ぎしりをまき散らかす騒音オトコだった。
家族、友人、歴代彼女、様々な形態で一夜を共に育んできた大勢から、
朝起きるたびにずいぶんと苦情・被害報告を受けてきた。

が、もちろんその騒音の程度は自分では知るよしもない。

大方おおかたの予想はつく。
ガラスに爪を立ててキリキリするレベルの耳障りで不快な音なんだろう。

けれど、まてまて。
「グァーグァー、ゴーゴー」が永遠に続くイビキに比べりゃだいぶマシだろ。

同じ穴のムジナが、目くそ鼻くそを笑って、
ビビってうし図去ずさりした歩数が50歩と100歩では違うと主張する。
何十年もの間、オレの歯ぎしりなんて可愛いもの。むしろチャームポイントだ、と言わんばかりに、これを楽観的に捉えていた。


転機が訪れたのは、33歳のとき。
結婚して迎えた初めての正月。元旦。

清々しい年初めの朝で、
新婚夫婦二人きりで仲睦まじく平和に食事をしていたときだった。

しばらくして、
「ちょっといいかな」

妻がマグカップをダイニングテーブルに静かにおき、食べながらでいいからと真剣な眼差しと改まった態度で話を切り出してきた。

ドキッとした。

「これ」
自身のスマホをそっとテーブルに差し出す。

ドキ、ドキッとした。

まさかのLINE流出か。
ドラマでよくみてきた光景がいまココにある。結婚してわずか数か月。暴かれたボクの罪によって、この関係が終わりを告げるのだろうか。

あれ?結婚してから、誰かと何かあったかな?いや、ううん、記憶にない。
絶対にない。

しかし尋常ではないほどにソワソワするダサ男。このときなにかを取り繕おうと、極度の緊張のあまり、意味不明な最終弁論をした記憶がある。

人は想定外の事態が起こると、パニックに陥って過剰に反応する。
冷静になるとナニをやってたんだ、って思うことでもその渦中ではわからない。

突如訪れた不安にさいなまれた被告人の弁論を前に、妻は重大事件の判決を下す裁判官のように語り掛けた。

「実はあなたの歯ぎしりを録音したから。どれだけ大きいのか知っておいてほしくて」

お、おおお。
そ、そうかそうか。
《なんだ、よかった笑》

最悪を想定していたボクからするとその程度の話なのかと内心ホッとした。
が、それも一瞬だった。
その後に、想定をはるかに凌駕りょうがする地獄が待ちうけていようものとは、このときは思わなかった。

「いい?再生するよ」

妻の掛け声で、再生が開始された。
音がない部分はどんどんとばす。
そうして無事に目的地にたどり着き、再生された歯ぎしりは、まさに他人のものでも聞いたこともない驚愕きょうがくなものであった。

「ゴリゴリゴリゴリグィ、ガリゴリグリゴリゴリ、ガリ、ゴリ、グォグォグォ、ボリボリガリッ、ガリ、ガリッ」

ホモ・サピエンスが出している音とは、にわかに信じられない。たとえるならば“工事現場の穴掘り機”である。
TRYしてみたが起きている間ではその音を再現できない。同一人物でありながらも、歯が、どのように擦り合えば穴掘り機の音が鳴らせるのか全くわからないのだ。

これを人生のあらゆる場面でオレは、恥ずかしげもなく晒してきたのか…

まてよ。
物静かで可愛いらしかった“元元元彼女”が、お泊りをしてから距離ができ、
理由をとくに言わずにボクの元から去った理由が、ここにきてようやくわかった気がした。

「も、もういいよ。よくわかったよ。なんか、ごめん、酷い歯ぎしりやね。あは。録音ありがとう。歯医者でマウスピース作ってもらうよ。あは、あはあははは」

そんなボクの言葉にも妻は不安な表情を崩さず、より一層深刻な顔面になり

「このあとはもっと酷いのがあるから」と言う。

え?これより?まさか寝言とか?
「そう。それもヤバいのが」

ええ。もしかして、
女の子の名前言っちゃったとか?

高まる緊張感を他所よそに、
妻はレコーダーを目的地までどんどん飛ばした。

「あぁ、ここここ」

先ほどの工事現場とは違う、耳を澄まさなければ拾えない音がかすかに聞こえる。
妻とボク。
2人で顔を寄せ合い、1台のスマホに耳を近づけ、音量マックスにしてスピーカーから聞こえる音に集中した。

それは静かな吐息のようなサウンドだった。

あ。

《ふぅふぅ、はぁはぁ》
《おぉぉ、ふぉぉぉぉおぉお》
《おぅふぅ、ゔ、ゔー》

やばす。

いや、これはやばす。

激しいが声を押し殺している。
これは獣のそのもの、オスのビーストモードだ。

妻は「これがこのあと1時間ほど続くの。深刻な病か、そうでなければ何か霊的なものに取り憑かれているのじゃないか」
と深刻な感じで言った。

心配しないで、この音声をもって私も一緒に行ってあげるから、一緒に戦ってあげますからと言ってくれた。

いや、ボクは一人で戦いたかった。
これは霊的なものではないとの確信があったから。

初夢はつゆめの夜。
あのときボクは、横たわる水着ギャル軍団の上を“どんぐりコロコロ”の要領で
ローリングしながら滑走していった夢をみていた。
キモい吐息を聞いてその記憶が瞬時によみがり、この時点ですでに自身のビーストモードの合点がてんがいっていたのだ。

翌週、イソイソと歯医者に行った。

検診、レントゲン、歯周ポケットの深さを測る針検査。

一通りの診察を終えると、
先生から「どうしてこうなるまで放置していたのですか」と詰問された。

理由なんてない。
肩をすくめた。

長年、年中無休で夜中に律儀に行われてきた工事現場の穴掘り作業によって、素人のパッと見では分からないが、プロがみると一目瞭然、どうやら土壌はすでに崩壊しかけ、沈下前の様相だった。

このままでは50代前半には歯がまったくない状態になる、との非常通告を受けた。
それだけボクの歯は表面が削られ、支える歯茎も弱くなっていた。

「どうすればいいですか?」
20年後に歯抜けオジサンになるイメージがリアルに浮かんだボクは、真っ青な顔して問うた。

「あきらめることはありませんよ」
「今はいいケア製品がありますから」
と不安を増大させるフレーズを続けるドクター。まだ助かる、まだ間に合う。

人は想定外の事態が起こると、パニックに陥って過剰に反応する。
冷静になるとナニをやってたんだ、って思うことでもその渦中ではわからない。

あのとき、家に置くだけで歯が一瞬で再生するというつぼを売りつけられていたとしたら、
きっとボクは買っていた。それほどに取り乱していた。

まずはマウスピースで歯ぎしりを治すこと、
歯茎を鍛える電動歯磨きを丹念にすること、
原因をつぶして、再生を促す。

「ノーモーア悩み無用!!あなたの髪 きっと生えてくる~」
という多くの人を絶望から救出した古いCMを思い浮かべて己を奮い立たせた。

この日から、ボクは歯に対する常軌を逸したメンテナンスを施すことになった。

それを続けること10年。
歯ぎしりはマウスピースの着用でしっかり削りを保護し、歯茎と歯は、可愛い歯科衛生士さんから褒められるほどにまで改善した。

おお。
ようやく記事がここまで辿りついた。

な、なんと…

こんな誰も興味がない、
おっさんのきったない歯ぎしりネタで3000字に到達しているじゃないか。

えっと…

実は、最後に告白したいことがある

今日の記事はウイーン、ウイーン、ウィンウィンを冒頭にいれた。

二行目には、ダメ押しで再度、
「ウィンウィン」
といれた。

当初、本記事を書き始めたボクは、
文章を巧みに操り、伏線を回収する“ファンタスティックテクニシャン”と思われたかった。

導入で歯磨きの「ウィンウィン」を読者の頭に刷り込んで

本題は、

「ウィンウィン(Win-Win)の関係で!」
という言葉をやたらと吐いてくるうさんくさいオトコをボクは、二度と信じない、という職場での“エピソード”にもっていきたかった。

が、ご覧の通り。
途中から、想定外にエロの話をモリモリできそうだと悪いセンサーが反応し、勢い余ってビーストモードのリアル描写に舵をきってしまったのだ。

人は想定外の事態が起こると、パニックに陥って過剰に反応する。
冷静になるとナニをやってたんだ、って思うことでさえもその渦中ではわからない。

コロナで散々分かったが、
そんなことをいま、改めて実感した。

読者さんの貴重な時間を奪ってしまい、
まことにごめんちゃい。

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妻を巻き込んで照合しながら必死のパッチで送付作業をやっております。


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