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職場のデスクにティッシュに包まれた土産品の取扱いが難しい件

土日に、遠方までドライブした。
長女が今、その思い出を絵日記に描いている。
懐かしいなぁ。夏休みを通じて合計2枚提出しなければならないようで、あと一回は絵日記にできる楽しい想い出つくらないといけないね♡花火がいいかな。

僕は、noteに旅日記でも書こうかと思ったが、昔からどうもこれが苦手である。学生時代も、その日の出来事を思い出して、楽しかったこと、面白かったことを文字数制限がある中で端的に綴ることができなかった。
文字数制限がなくなった今でも、日記を書いたのはただの一回だけである。

旅日記も苦手だが、それ以上に苦手なのが職場への旅行土産である。
職場の老若男女に受け入れられて人数分入っているお土産を探すのが本当に苦痛である。
大げさな話、お土産に気をとられ旅行が楽しめなくなる時もある。

社内に蔓延するお土産文化

全国各地のお土産品メーカーが苦境に陥っている。我社の顧客に、お土産品の最終パック(袋詰め、箱詰め)業務を請け負う会社があるが、社長に話を聞いたところ昨年の売上は2019年度比で70%減の壊滅的な状況で、現在、業態変更を余儀なくされているようだ。

土産品はこういう時に販売戦略が難しくて、食品メーカーがよくやる「詰め合わせパック」や「値下げ」に安易に踏み切ることはできないようだ。
もしもこの状況が長期化し値下げが常態化すれば、観光客が戻ったときに「前はこれ安く買えたよね」「普段はボッタクリ価格なのか」と思われてしまい、土産品のブランド自体を傷つけてしまうということだ。つまりこの業界は、現状八方塞がりになっており、観光業界に光が射してくるまでは先行きが不透明な状況にある。

一方で、プライベートの旅行がなくなったり、出社する機会が激減したことで土産品を職場で渡す機会がほぼなくなったことは、職場へのお土産はいらないと思っている僕にとっては大変ありがたい。
海外の謎のお菓子は味の想像がつかずに手を出しにくいし、切り分けしなければならないようなカステラやロールケーキは、切るのも食べるのも面倒である。
一度食べて不人気だったものは誰も手をつけず、1週間近くお土産が共有スペースからなくならなかったものもあるし、本当に無駄である。

僕の部署では「バレンタインの義理チョコ」と「出張時の土産」は禁止とされているが、さすがに有休を使った旅行の土産までは会社は口だしすることができない。
「これは私が穴をあけてしまった仕事に対するお礼ですので」
という社会人としての礼儀チックな意図や、お土産を通じた上司・先輩社員とのコミュニケーションの一部と言われてしまえば、そこに踏み込んで規制してしまうようになるとまた面倒臭い新たな問題が発生してしまう。

お土産の中でも特に八ツ橋とかの生ものは、めちゃくちゃタチが悪い。
「また後でもらうね・・・」とやんわり断っても、ご丁寧にティッシュでくるんで置いていかれたりする。結局、もらったけど、いらないから……と本人がいない水面下で既に食べた人との「いる?」「食べない?」の交渉が始まる。

問題は受け取り拒否をしづらいというだけでない。「配る行為そのもの」に問題がある。職場に潜む「同調圧力」だ。

誰かが買ってくると、自分も買ってこないといけない雰囲気が生まれる。
以前、50代女性社員が
「Aさんって、休んでも何も買ってこないよね。」と冗談まじりで同僚に言っていたのが耳に入った。相方の40代が
「別に義務じゃないんだし、買ってきたかったら買ってくる、でいいと思いますけどね」
と言うと、
「だって他の人が買ってきたものをもらったんだったら、自分も買ってくるのが普通じゃない?それに『お休み中ご迷惑おかけしました』って言っても休んだ時の思い出話をこっちからどこまで聞いてもいいのかわからないし。」
と力説していた。

中国人のお土産「月餅」

僕の職場の他部署に、役職が部長クラスの中国人が在籍している。
僕はこの中国人と意思疎通が難しいと感じることは多々あるが、今の仕事上の距離感では「国籍が違うから」という違和感を感じたこともなく日本人と同じ上席者の一人という感覚だ。

この中国人の部長さん。
こんなご時世だから実家に帰省できなくなったが、それまでは毎年、中秋節(9月中旬頃)に帰省してお土産を買って帰ってくるのだ。
日本人は人に何かをあげるとき、「大したものではないですが、、、」と、へりくだることが多いが、中国は全く反対で「あなたのために、わざわざ準備した」感を出すのが正解とされている。

日本なら「実家でとれたミカン」というところを、中国では「ミカンの名産地で取れた最高級の品種」と表現することで、相手をいかに大切に思っているか強調するのだ。
間違っても中国人に「実家から果物がたくさん届いて、食べきれないのでどうぞ」と言ってはならない。「いらない物をくれた」「見下してきた」と解釈されてしまうリスクがある。この部長さんは35年以上も日本にいて、日本人と結婚してもこの感覚であるので、中国人と接する際はここについては慎重に振る舞った方がいい。
中秋節時のお土産として買って帰ってくるのが中国産の「月餅(げっぺい)」である。

横浜の中華街で売っている日本人が食べやすいように改良された「月餅」ではない。お土産でもらうのは中国国内で製造されたものである。

中国国内ではそこそこ高いお菓子とのことだ。これを大量に買ってきて部署を超えて、日頃の感謝の気持を込めて味違いのものを2~3個ずつ配られる。参考画像は個包装されているが、僕達がもらうのは大きな箱に入っててそれぞれが裸のものである。つまり机にティッシュコースである。

これがね、ほんとクソ不味い。
信じられないくらい不味い。
餡があるのに甘くない。ラードをたっぷり使用しているからか分からないが口の中が中華料理みたいな味になるのだ。

中でも参考写真のあの緑色の餡入りの月餅。
コンセプトは抹茶なのかな。入浴剤を食べたことないけど、入浴剤の味がする。その後に水を大量に飲んでも口から味も臭いも逃げない。

おえぇぇぇぇぇ
もぅ、本当に吐きそうになる。当然、もらった全社員、嫌な空気が流れる。
ティッシュの上に置かれるパターンだから持ち帰って捨てることもできないし、当然その場ではあからさまに捨てるわけにもいかない。

中国人にとって中秋節は重要なイベントで
「月餅無しの中秋節はありえない」
「この時期に月餅を送らないのは礼儀知らず」の位置づけで捉えている。

これが問題を厄介にしている要素の一つで、本人はこんな礼儀あるものを買って帰ったから、みんなに喜んでもらえていると勘違いしているのだ。ティッシュの上からなくなった人に「今年の月餅はどうでした?」と感想まで聞いてまわっている。

「あぁ、食べました。いつもの感じで美味しいですねー。お気遣いされなくていいですよ。」
とみんな棒読みで言うが、日本人と違って言葉の裏にある含みの部分は伝わりにくく、外国人は言葉をそのまま受け取るので更にご機嫌となってしまっている。もう、ちょっとした不幸の連鎖である。買って帰る方は「喜んでいるに違いない」と思って買い続けるし、もらう方も上席者からなので仕方なく笑顔で受け取る。

誰かが勇気をもって、事を起こさないと変化がないまま、お互いに不幸が続くかも知れない。おおげさに聞こえるかもしれないが一年に一回のこのティッシュの上に置かれるお菓子をどう処分するかがみんなのストレスになっている。僕は袋を持参して、机の上に置かれてからしばらくして袋にサッと入れて持ち帰って捨てているが、部長直下の部員は本当に苦痛だと思う。

これはでも「風通しの良い職場(笑)」のために言わないといかん。一人が言っても部長が買って帰る行為は絶対に変わらないから、みんなで声をあげるしかない。
さすがに「美味しくない」は今更言うことは難しいので、まずは受け取った瞬間に
「いつもすみません。ありがとうございます。これ、お家に持って帰って家族と一緒に食べたいので今後は個包装入のものにして欲しいです!今日は袋があるので持ち帰ります」

そう言って、その場で食べた感想を求められる状況から家に持ち帰る流れを作ることから始めようと周囲に呼びかけたいと思う。

職場に配るお土産文化はこれからどうなるのか

仕事で接する米国女性からの情報ではあるが、欧米ではこのようなお土産文化はないと聞いた。「Souvenir(スーベニア)」という単語が直訳ではお土産と訳されるが、これは旅の思い出として自分や身近な人のために買うものを指すようだ。

国民性の違いとして、日本では義理人情を大事にし、アメリカでは特定の友達と家族を大事にするとよく言われるが、お土産文化は単純にその違いだと思う。

どちらが正しいというわけではないが、僕のように
「お土産に気をとられ旅行が楽しめなくなる」
ようでは本末転倒しているので、同じような人はコロナによってお土産文化が軽薄になったことを機に、職場には買わないスタンスを貫くのは良いチャンスかもしれない。

出社が当たり前だった世の中がそうではなくなったように、これからの職場は形式的ではなくガチで必要なものだけが残される動きが徐々に浸透していくような気がしている。

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