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80歳の水彩画家から学んだ「ものの価値」のとらえかた

これはセルフ誕生日会の後日談である。

セルフ誕生日会とは、その名の通り、自分の誕生日を自分で企画し主催する会で、2017年から毎年続けている。生誕祭ではあるが、感謝を伝える感謝祭の意味合いが大きい。

今年の誕生日会では個展を開催した。個展といっても私の作品ではなく、父の水彩画だ。父は65歳でリタイア後、趣味で水彩画を習い始めて、私が実家に帰るたびに新作が部屋に飾られているのを目にしている。その父が80歳を迎えたこともあり、何かお祝いのようなことができればと思っていた。ちょうどいい機会だ!と思いついたところから企画が始まった。
80歳の水彩画家のはじめての個展、その結果、絵が売れるほどに高く評価された、というサプライズをご紹介したい。

こちらの絵はフリー素材


初の個展を鹿児島で


企画を思いついたのは開催の10日前。
とあるギャラリーを借りれることになったので、こじんまりとサイン会でもやろうと考えていた。たとえ在廊しているだけでも、お祝いに来てくださる方がいればおしゃべりできれば楽しい時間になる。でもそれだけではおもしろくない。その時に浮かんだのが、父の水彩画だ。80歳のお祝いを兼ねて彼の個展をするのはどうだろう?

思いついてすぐに父に電話をした。最初は事情を汲むのに時間がかかったようだが、作品が日の目を見るということには嬉しさを感じていた様子。鹿児島に縁もゆかりもない父、しかもプロの画家でもない。慎重派の父は「練習中の身やけど大丈夫かなあ」と心配そうだった。娘が言うのもなんだが、作品の中にはきらりと光る絵もあって、「皆様に見ていただける良い機会だから」と少しだけ背中を押した。「そうか〜」と電話口の声が明るかった。
 
数日後、段ボールで絵が送られてきた。立派な額に収められた絵が丁寧に梱包されており、気軽に言ったものの大切な作品を送ってくれたんだなと感謝の気持ちが湧いてきた。作品リストと作者プロフィールのメモ書きが入れられていたので、パソコンで打って厚紙に印刷して準備をした。

展示会場


まさかの「買えるんですか」


当日、会場に展示してみるとなんだかそれなりに立派な作品に見えてきて(というとちょっと失礼)、お父さんもなかなかやるなあと感心してしまった。きっとお借りしたギャラリーの雰囲気も良かったからだろう。

オープン直後から来場くださる方がいて、父の代わりに私が絵の案内をして回った。気に入った絵の前で立ち止まって熱心に見てくださる姿にもまた感謝の気持ちが溢れ、父に見せるために写真に収めた。
しばらく眺めて「これ、買えるんですか?」と聞かれた時はびっくりした。一応、もし欲しいと言ってくれる人がいた場合にどれくらいの値段にするかを父に確認していたが、本当にそんなことがあるなんて父も私も思っていなかった。
「ええと、小さいのが○○円で、大きいのが○○円です」と伝えると、「え!安い!」と言われ、「額とか材料費だけでいい、と言われているんです」と付け加えた。すぐさま「買います!」と言ってくださり、朝イチから絵が売れた。

さすがに朝イチで売れてしまったので、展示が終わった後に届けることにしたが、その方は「飾るスペースをつくって待っています」ととても楽しみにしてくれていることが分かり、嬉しかった。ちなみに、鹿児島の名所である桜島を描いたものだ。お父さん、良かったね。
その後も立ち寄ってくださる方が多く、またもや値段を聞かれる場面が。桜島の絵はとても人気で、聞かれるたびに「売約済みなんですよ〜」と伝える機会が多かった。お父さん、もっと桜島の絵を描いてね。

ものの価値とはなんだろう


結局もう1点、お買い上げいただいた絵があるのだが、そちらも「安い!」とのお声だった。「もっと高くても良いのに」と言われるたびに、「額とか材料費だけでいい、と言われているので、、、」と返した。お客様から「もっと高くても良いのに」と言われるなんて夢のよう。今回は利益目的ではなく初のお披露目会なので、評価や意見をもらえることに価値があり、お金という報酬以上にありがたいものだと思う。

ものの価値とはなんだろう。
世の中に出回っている商品の値段を考えると、例えば卵なら200円〜300円、ラーメン1杯なら1000円、飲み会の参加費なら4000円みたいな相場感がある。サービスでも、例えば映画は1800円、マッサージは60分で5000円みたいな相場感があるものもあれば、まったく相場がアテにならないものもある。私の仕事なんて言うのも相場があってないようなものだ。
 
アートという分野に私はあまり詳しくないのだけれど、物でもありサービスでもあり、とても特殊な商品だと感じた。相場がなく、売り手(作り手)が値段を自由に決められるもので、その価値を認める(決める)のは買い手である。

父から学んだこと


今回、父の絵を展示してみて大きな学びが2つあった。
1つは、80歳にして趣味で楽しんでいた水彩画が、人様に「欲しい」と思われるものへと昇華したことだ。もし私が声をかけて個展をやらなければ、彼はこれまでの延長でこれからも趣味の範囲内で作品を描き続けていただろう。それも良いが、作品を生み出すモチベーションを考えれば誰かに観てもらえた方がいいに違いない。今回、販売実績ができたことで父は少し自信ができたのではないかと思う。ちなみにプロフィール用の写真は着物姿で、これもなかなか評判が良かった(父には言っていない)。

もう1つは、価値は自分では分からない、ということ。
父は「練習中の身なので、と言ってね」とずっと遠慮をしていた。だから私が、もし欲しいと言ってくれる人がいた場合にどれくらいの値段にするかを尋ねた時も、そんなことあるんかな〜と半信半疑でいた。そして遠慮の結果、「材料費くらいで良いからね」と言い、展示会場では「安い」と言われる結果となった。

個展が終わってから父に報告をして、せっかくなのでどんな体験だったかを聞いてみた。そのやりとりがこちら。

娘に似てよくしゃべる父

どうせやるならベストを尽くしたい、という最上志向ぶりが伺えるコメント。どこまでいっても「まだまだ」と成長意欲が尽きない。この人の娘だなと実感した。ちなみに私はストレングスファインダーで最上志向がベスト5に入っている。

他者目線の重要性を感じた私の経験として、5年ほど前にプロフィール写真をカメラマンに撮ってもらった時のことを思い出す。いくつか選定してSNS上で投票を行った。プロフィール写真というのは人様に見ていただくものなので、私が自分の好みで選んだものよりも、人が選んだものの方が広く受け入れられて良いだろうと思ったからだ。結果、私が推していたものではない別の写真が得票数が多く、その写真をプロフィールに設定した。

ものの価値は自分では分からない。
分からないなりに試行錯誤して切磋琢磨しながら取り組んでいくのが人生なのだろう。
80歳からの小商いが今後どうなるかも楽しみにしつつ、水彩画家としての父を応援していきたい。何より、目標を持って日々を元気に過ごしてくれることがありがたく、「もっと桜島の絵を描いてね」なんて言って今日も娘は父の背中を押すのだ。


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