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小説『アンチバーチャルリアリティ』#16
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そこから5日間は非常にハードな日々だった。
シバから教わる情報は多岐に渡った。投げられたとき・飛ばされたときの受け身のとり方、建物が崩れそうになったときの避難方法、関節の動く方向、人間の急所などなど。
「覚えろ、頭だけじゃなくて体ごと覚えろ。知識があるだけじゃあ、人間はいざというときに動けない」
身体トレーニングもかなりの体力を要したが、一気に知識を叩き込むのにもまたエネルギーを使
小説『アンチバーチャルリアリティ』#15
ツユの言うとおり、シバの指導は非常に初歩的な内容だった。
最初に行なった体力テストの結果を見つつ、これから当日までのプランを立てた。
「お前の場合、まずは何よりも基礎体力だ。日数がないから十分に伸ばすことはできない。それでも今後のことを考えて、毎日トレーニングしていこう」
トレーニングメニューは走り込みや筋トレなど、一般的なものだった。『できなくはないが結構キツイ』という負荷のレベルで進めて
小説『アンチバーチャルリアリティ』#14 ※オマケつき
終始ツンケンとした態度をとっていたアザミだったが、やはり服作りにはこだわりがあるらしい。布選びは周囲へのとげとげしい対応を忘れてしまうほど真剣だった。
「ツユ、こっちの布とこっちの布、どっちがこの子に似合うかな」
「そうねえ……私は右の方がよりつやつやしていて可愛らしいと思うわ」
「うーん、そっかあ……それも分かるんだけど、左は上品さが素敵だと思うんだよね」
ああでもないこうでもないと議論する
小説『アンチバーチャルリアリティ』#13
「説明は終わったかしら?」
「シバー!!チャンスをくれてありがとう!大好き!!」
騒々しさと共に、ツユとハイビが部屋に戻ってきた。
「あいつがいると話がややこしくなるから、姉さんに連れ出して貰ってたんだ」
シバが小声で私たちに伝える。私は小さく笑った。まるで手のかかる妹のような扱いだ。
「シバ、それでこれは、いつ?」
私がシバに問いかける。その場にいる全員の視線がシバに注がれた。
「一週間後
小説『アンチバーチャルリアリティ』#12
「な、なんだよお前ら!黙って入ってくんな!……あ!お前、シバ……!」
「よく覚えてたな」
確かにあのとき、ツユが一度だけシバの名前を呼んでいた。しかし、ミズキの緊張した面持ちを見ると、リーダーというだけあってシバの存在もよく知られているのかもしれない。
シバから攻撃的な様子は伺えないが、表情は読み取れない。彼の来訪の目的が見当もつかなかった。
シバは唐突にミズキに問いかけた。
「お前が何故今
小説『アンチバーチャルリアリティ』#11
事務所に戻ってからしばらくの間、特に大きな出来事はなく普通の「なんでも屋さん」として過ごした。
「なんでも屋さん」と名乗るだけあって業務は多岐に渡る。様々な客がハイビの元に訪れた。重い荷物の運搬、電球の交換、落とし物の捜索……。どんな些細な依頼でもハイビが断ることはなかった。
ミズキはというと、生意気な雰囲気に子供らしさを感じるのか、老人から大変人気だった。
はじめの頃は終始不機嫌そうだっ
小説『アンチバーチャルリアリティ』#10
そのとき、背後から誰かが階段を降りてくる音がした。
「チャイ子ちゃん?」
ハイビだ。私はぱっとミズキから離れた。
「会議は終わったのか?」
「うん。色々あってね〜、その子はウチが預かることになったよ」
「……あの部屋に3人?」
「あは、まぁ……2人とも小さいしなんとかなるっしょ」
「俺をここから出すのか?」
ミズキが目を丸くする。
「うん、出すよ。捕虜じゃないもん。状況を動かす鍵にはなるかも
小説『アンチバーチャルリアリティ』#9
動揺を悟られないように振る舞いながら、頭をフル回転させた。ここで私の記憶がないことを彼に打ち明けるべきか?――否。仮にも自然派のグループに属したのだ、むやみに敵側に手の内を晒すべきではない。しかし、こいつがいつ、どういった状況で私を見たのかは聞き出す必要がある。
「……私を見た?いつ?」
とりあえず、相手の言葉を否定しないという手に出る。ここは彼の仲間であると思わせておいたほうが有利に進むと
小説『アンチバーチャルリアリティ』#8
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「……本当に入れて大丈夫だったのかな……」
カズラが珍しく呟いた。アザミも深く頷く。
「大丈夫だよ!万が一、億が一何かあったらウチが責任取るし」
こいつの強情ぷりは昔から変わらない。自分の直感は絶対に信じるのだ。実際、外さないのだから誰の手にも負えない。
正直なところ、俺の中にも多少の迷いはあった。だが、ハイビがこう主張するのであればそれに従うべきだと思った。
「一度決めたんだ。こ
小説『アンチバーチャルリアリティ』#7
メンバーがその場でフードとマスクを取り払う。みな、思っていたよりも若い顔をしていた。
「じゃあ、年齢順にいこうかな」
一人目、ソテツ。猫背の男で、先程少年を運んで行った人物だ。最年長。
二人目、ツユ。長い黒髪が印象的な、背の高い女性だ。子供好きらしく非常に好意的だった。
三人目、アザミ。怒りっぽい娘。スラッと引き締まった脚が運動神経の良さを伺わせる。
四人目、カズラ。これまで一度も発言し
小説『アンチバーチャルリアリティ』#6
「へえ、これが例の。初めて見た」
一瞬前まで怒っていた女も興味をそそられたらしく、一気にトーンダウンして少年の顔を覗き込んだ。
「アンタなのね、あいつらに雇われて私らのこと嗅ぎ回ってるっていうのは」
先程までの威勢が嘘のように少年は黙り込んだ。
少しずつ状況が見えてきた。どうやら少年……すなわち『蜂』は、ハイビの属するこの集団のスパイのような存在らしい。昨夜のハイビの話から推測するに、おそ
小説『アンチバーチャルリアリティ』#5
「離せよ!」
捕らえられた少年は大いに暴れていた。しかし、ロープが頑丈なのかハイビの縛り方が上手いのか、一向に緩む気配はない。
「だからあ、大人しくしてればこんなことしなかったのに。今からもシバいたり殺したりはしないからそこは安心して」
「うるせえ!絶対ぶっ殺すからな!」
少年は思いきりハイビを睨みつけた。ハイビはニコニコ笑うだけだ。そして、その手にはガムテープが握られていた。
「ただ、ちょ
小説『アンチバーチャルリアリティ』#4
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ハイビちゃん号は案外快適な乗り心地だった。割と小さめの車体だが、自分も小さいので問題はない。シートが柔らかく、タンデム用のバックレストも取り付けられている。少々大きすぎるヘルメットにはインカムが内蔵されており、運転中でもスムーズにハイビと会話することができた。
「お尻痛くない?大丈夫?」
「それは大丈夫。だが……お前これ、目立ちすぎないか?V派がうろついているんだろう?」
「あはは、そ
小説『アンチバーチャルリアリティ』#3
『なんでも屋さん』。言葉の響きから一瞬ふざけているのかと思ったが、名刺が大量に用意されているところを見るとどうやら本気らしい。
「一体何をする仕事なんだ?」
「ちょっとついて来て」
ハイビはベージュのカーディガンを羽織ると、入ってきたドアとは反対側にあるドアを開けた。
途端にがやがやとした人の気配が伝わってくる。驚いたことに、扉の外には地下街が広がっていた。一歩踏み出したとき、通路に線路が敷か