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寝すぎることのメリット
寝過ぎてしまった…
3日間、眠り続けてしまった。
何をする気も起きなくて、あったかい布団に気持ちよくくるまれていた結果。おなかが空いたら起きて、食べたら横になって、テレビ見ながら眠りに落ちて、を繰り返してるうちにあっという間に3日経ってた。あまりに無為な時間の経過に、ちょっと唖然としています。この罪悪感はなんでしょう。
そんな自分を肯定したくて「寝すぎ」について検索してみました。すると、「健康に悪影響!」とか「脳に大ダメージ!」とか、悪いことしか出てこない。でも、これだけ気持ちよく眠れて、体に悪いだけなんてありえない。
ということで、寝すぎのメリットについて考えてみました。医学的根拠はありませんので、あしからず。
寝すぎることのメリット
1.お金をかけずにストレス解消ができる
精神的満足感が得られるというのは、大きなメリットです。あたたかな布団にくるまれて、うとうととしているときの気持ちよさと言ったら・・・他の何にも代えがたい感覚です。
ストレス発散の方法はいろいろあるけれど、 お金をかけずに、体も心も休息させる一番の方法は、睡眠です。いつでも好きなときに、ひとりでできるストレス解消法。
2.背徳的な充足感がある
お日様が昇って外は明るいのに、カーテン閉めてぐだぐだ寝ている自分。人々が出勤したり通学したり、世の中は動き出しているのに、二度寝する自分。社会不適合者のようでちょっと後ろめたいし、決して世の中に胸を張れることじゃない。
でも「社会の構成員としての、あるべき姿」という観念から一度離れてみたら、欲求に従って眠りをむさぼる自分の方がずっと幸せという気がしてきます。私の分までみなさん今日もあくせく働いてね、と上から目線で思えたら上級者です。
3.外界からの刺激をシャットアウトし、自分の世界に浸ることができる
日々の社会生活の中で、わたしたちは多くの刺激にさらされています。その多くは、ストレスとして心身を疲弊させます。
これらの刺激をすべてをシャットアウトして、考えたくないことは考えない、見たくないものは見ない、と決め込んで暖かい布団の中にもぐりこめば、そこはもう、ストレスのない自分だけの世界です。
今日は寝倒すぞ!と決めたら、まず携帯の電源を落としましょう。来客にも一切応じてはいけません。
4.寝すぎたあと、心の底から「何かをしたくなる」
外界の刺激をシャットアウトして、寝たいだけ寝て目覚めたとき。心の底から「動きたい!」「外に出たい!」「人と話したい!」という欲求が生まれます。動くことが義務ではなく、本能でそうしたいと思えることが、なにより貴重なことに感じられます。
日頃、社会人の義務を果たすべく、朝決まった時間に起きて、決まった時間働いて、帰宅してご飯食べて寝る、という日常を淡々と送っていると、自分が本当にやりたかったことが何なのか、わからなくなるときがあります。
心も体も十分休んで満たされたあとには、誰から強制されなくても、人は「何かしたくなる」のだと思います。逆に言えば、眠ってもなお「何もしたくない」なら、それはまだ休息が足りないのです。
5.睡眠が娯楽になる
寝すぎる自分を受け入れることができたら、次は気持ちよく眠ることへのこだわりが出てきます。シーツや布団の肌触り、枕やマットレスの弾力性、照明や音楽、アロマ、テレビの位置といった周辺環境に至るまで、いろいろこだわりが出てきます。
そうなったら、もはや睡眠は娯楽です。趣味と呼んでもいいでしょう。ふつう趣味は、それをやっている人にしか理解してもらえませんが、睡眠は例外なく誰もが毎日経験しているので、この話題は人を選びません。職場で「この週末、何してた?」という会話がめんどくさい人は、「ひたすら寝てました」という回答でシャッターをおろして、これ以上私的な質問をさせないのも良いでしょう。もう少しサービス精神のある人は、「睡眠が趣味」というキャラを演じて、自分のこだわりを披露するのも良いでしょう。いずれにしても、つまらない人間だと思われるのを覚悟する必要がありますが、ちょっと嫌な気持ちになったら、週末はお布団にくるまればいい。そういう「社会の通念」から自由になれるまで、好きなだけ眠りをむさぼればいいんです。
以上により、寝すぎることは大変有意義であると考えます。
※冒頭画像:https://unsplash.com/
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