トルストイを貸してくれた
十三歳の今日、久しぶりに開いたゲームの中で、陽気な登場人物は私に不思議な言葉をかけた。
「 」
よく出来事そのものより、それによって引き起こされた感情だけが時を経て体の中に残る。幼い私は、その言葉によってゆっくりと心をぐちゃぐちゃに、引っ掻き回された。もうその言葉は、形を留めていないのに、消えない傷跡は触れれば今も鈍く痛い。
困る。彼の言葉は十三歳の私には、大人すぎた。
自分以外の誰かの、シーツの匂いなんて知らなかったのに。仄めかしたのだ。軽い言葉だったから、それが毒だと気づけなかった。じわじわ侵されて、気づけば手遅れの爛れ傷を負わされていた。
勘弁してほしい。思い出せないのに傷だけ背負わされて、ただでさえ危うい青春が始まる前から崩れていった。私の青春どうにかしてくれ。ずっと崩れた、なり損ないのまま生きたから、青春の上手な終わらせ方が分からない。
その九年後。
私にトルストイの書籍を貸してくれた人は、その登場人物に似ている。
軽薄な言葉と朗らかな態度、お腹にもたれない安上がりな誘い文句。ひとひらの羽みたいな言葉は優しくて気持ちよくて、また聴きすぎた。
彼は賢い。逃げ道はたくさん用意してくれた。それでも聴いてしまって、でもあれから九年も経ったから今度は、ああ不味いかもなあ、とうすうす思う。
「部屋あがってく?」
彼らの言葉は総じて冗談に聞こえる。なので初めは、気にも留めない。毒だと気づくのは何年も経った後だ。質が悪い。
他人の匂いがする布団に身を沈めることを知ったくらいには大人なので、痛いのには敏感だ。傷ができればすぐ分かる。分かるのに。手当どうやってすればいい。治らない。私ひとりじゃ治せない。
今度、借りていた本を返しに、彼に会いに行く。
その時、青春全部元に戻るといいな。
彼がまた軽くて扇情的な言葉をこぼしたら、私はそれに乗っかって、軽い言葉を真実みたいに重くする。安全な逃げ道は通り過ぎて、ふたりで袋小路に立ったら、壁蹴り壊してそしたら、私の汚い傷跡も、目はあてられるくらいになるかもしれない。
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