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思春期に見たソビエト映画『チャイコフスキー』のこと

 好きな音楽は何ですか?と聞かれたらチャイコフスキーと答えます。ジャズやボサノバも好きだし石川さゆりさんの歌に心が震えることもありますが、やっぱり1番はチャイコフスキーの曲です。
 それは思春期にソビエト映画『チャイコフスキー』を見たからです。

中学生の映画鑑賞

 もう半世紀ほど前になります。洋画の面白さに目覚めたころ、新聞にチャイコフスキーの伝記映画の広告を見つけました。

 チャイコフスキーのことはバレエ『白鳥の湖』『くるみ割り人形』の音楽を作曲した人という認識しかなく、広告をみて「スケールが大きそう」「美しい映画みたい」と想像し、「ソビエトってどんな映画を作るのだろう」と好奇心を掻き立てられ、見に行くことにしました。

 学校の校則では映画館は保護者同伴でないと入れないと決まっていたので、母に付き添ってもらいました。

 映画を見た当時の私の感想は、「スケールが大きいし美しい」「チャイコフスキーは寂しくてかわいそうな人」でした。

 一緒に行った母と映画の感想を話した記憶がなくて、とにかく大作を最後まで見たという達成感だけはお互いにありました。

印象に残ったシーン

  • 冒頭、夜中に少年が頭をおさえて叫びながら母親のもとへ走り出す。「ママ!音楽が聞こえる」「何も聞こえないわ」と母親は彼を抱きしめる。

  • ピアノコンツェルト第1番を友人でピアニストのアルトゥール・ルービンシュテインが、「これは難しすぎる。私以外のピアニストは指を骨折する。書き換えたまえ」と批判する。

  • 歌姫デジーレ・アルトーとの破局

  • 若い妻との早すぎる離婚

  • 最大の支援者であるフォンメック夫人とは文通だけの付き合いで、1度も会うことがなかった。

  • オペラ『スペードの女王(原作プーシキン)』の挿入劇

  • 交響曲第6番『悲愴』の公演とそれにつづく彼の死

 『スペードの女王』以外は、作曲家チャイコフスキーは不遇で孤独だったと強く印象づけられたシーンでありました。

チャイコフスキーの曲とともに

 中学生だった私は、『チャイコフスキー』を見てからピアノコンツェルト第1番が最もお気に入りになりました。N響がこの曲を演奏するとわかると聴きに行きました。初めてのオーケストラのコンサートでした。

 その後、ピアノコンツェルト第1番以外にも自分好みの曲をたくさん見つけていきました。

 自衛隊の音楽隊の「序曲1812年」(大砲を使用する曲)を聴くために 自衛隊の公開行事に出かけて行ったこともありました。ボリショイバレエ団の『白鳥の湖』を見たときは、バレエとはこんなに迫力があり、華麗なものなんだと感じました。

 50代になると更年期のせいか気持ちが落ち込むようになり、チャイコフスキーの曲をずっと聴いていました。音楽で気持ちが安定するのを感じていました。

再び『チャイコフスキー』

 気持ちが落ち込みがちだった50代に、『チャイコフスキー』のDVDを見つけてさっそく購入しました。再び見た『チャイコフスキー』は美しい映画だけど雑な印象もあり、中学生の自分と熟年の自分との差を大きく感じました。

 けれども、チャイコフスキーのなんとなく不幸せな印象は変わらす、「チャイコフスキーって不憫な人だな」とまた思ったのです。

 が、この記事を書くにあたって再びDVDを見たり、以前読んだチャイコフスキーの伝記を読み返しているうちに、彼は決して不憫な人ではない、と思いはじめました。

 彼はたくさんの批判を受けたけれど、生存中に才能は認められ、作品も評価されています。

 恋人との破局や離婚はしかたがないことだとおもうし、フォンメック夫人との関係も彼が選択したことです。チャイコフスキーにとって孤独は不幸ではなく、1人で自分の思うように静かに生活することだと思う人だったのでしょう。

 それに兄弟たちや友人たちとは交流していて、孤立無援ではありません。

 私の手もとにあるチャイコフスキーの伝記を著した伊藤恵子氏は
「2004年末の時点で調べうる作品と紙と日記と評論のすべてから、彼はロシア音楽史で最もしあわせな作曲家だったといえるだろう」
と書いています。

平和への願い

 『チャイコフスキー』は1969年モスフィルム製作の映画です。この映画を企画したのは、ハリウッドで数々の映画音楽を手掛けたディミトリ・ティオムキン氏でした。ティオムキン氏は映画の実現のために、6年間モスクワに通ったそうです。

 この映画は、当時のソビエトとアメリカの冷戦状態の関係が少し平和へ向かいはじめたことを象徴するものでもあります。

 ティオムキン氏はウクライナ出身でした。チャイコフスキーもウクライナに住んでいたことがあり、ウクライナの音楽の影響は大きかったようです。

 ソビエトがロシアになり、さらにウクライナに侵攻している現在では当然『チャイコフスキー』は作れません。

 破壊しかない戦争、憎しみばかり生み出す戦争が早く終わりますように。そして早く平和が訪れますようにと願うばかりです。

参考資料
DVD『チャイコフスキー』ROSSIAN CINEMA COUNCIL 日野康一解説
伊藤恵子著『チャイコフスキー』音楽の友社2005年

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