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読書感想文 『おいしいごはんが食べられますように』

『おいしいごはんが食べられますように』 高瀬隼子

芥川賞受賞作を読みたいなあ、なんて思って受賞作のリストを眺めているとき、たまたま可愛らしい名前で受賞している作品があるのを見かけて気になっていました。
それで手に取って買ったはいいものの、家に約半年ほど放置してしまいようやっと重い腰を上げて読んだ感じです。
本やゲームを買って満足してしまうようなことって、ありますよね。。少し反省しています。

『おいしいごはんが食べられますように』

ほわほわ、かわいい感じかと思いきや、納得の芥川賞受賞作という感じで、
単純にお話として面白いところもあるんですが、かなり皮肉が混じった作品だなあ、という印象でした。
食べ物を食べる際の描写が良くて、読んでるとお腹が空いてくるような、胃液がわくような感じがしていいなあ、と。ただ逆に、一部美味しくなさそうに食べ物を食べるシーンがあるんですが、そこは本当に美味しくなさそうで、そういった対比も面白かったなあ、なんて思っています。

食べること、というより、食べるのを楽しむための行為に否定的な二谷、比較的生真面目な性格で、物事を自分の好き嫌いではっきり分けられる、強い女性像としての押尾、対照的に仕事ができず会社に迷惑を掛け続けるも、持ち前の性根、愛想の良さでみんなから愛される弱い女性像としての芦川。
この三人の奇妙な関係と、そこに介在する食べ物のお話。

食べ物、例えば二谷はジャンキーなカップラーメンが大好きです。それは栄養を欲しているというより、食に対して興味を持つことへの嫌悪感からお腹を満たすために食べている、というような感じ。
カップラーメンといえば、最近の商品はいろいろな栄養素が取れるらしく、下手に自炊するより栄養バランスが良い、みたいなのをXで見かけたけど、どうなんだろうか。日清の完全メシのシリーズなんかは、たしかにコンセプトからしてそうなんだろうけども。
それはさておき、物語の終盤では、会う頻度の減った芦川から体に良いものを食べてくださいね、というようなメッセージを受け、さらに体に悪いものを食べようとする描写がある。本文ではそのメッセージを指して攻撃と呼んでいたけども。
自分はこの二谷という登場人物の食生活というか、そういった感情についてはよく理解できませんでした。食べたいものに支配されるのが嫌、というようなことを言っていたけど、これはいったい何のことで、何の例えなんだろう。
正直、二谷のことはあまり理解できなくて、物語のために用意されたドラマツルギー的な性格だと感じました。物語に合わせて作られた人格というか。最後の場面で芦川が作ったケーキを不味そうに食べながら「結婚したくない」と言わせるためだけに書かれた性格のような。
自分は結構、女性作家の描く男性像に共感できないことがあるんですが、今回もおそらく同じように感じてしまったのかな、と思っています。何か、違和感を感じてしまう。おそらくは、多くの女性が男性作家の描く女性像に共感できない、というのと同じような理由かと思いはするのですが。。

またこれとはまた対照的に、芦川はいわゆる健康的な家庭料理を作ったり、会社に自作のお菓子を持って行ったりする女子力高めの女性です。おかげで彼女は仕事が全くできない、どころか頭痛等でよく休むにも関わらず、上司やパートの人々、同僚から愛されている。
たしかに、なんとなく愛嬌だけで優遇されている人がいるように感じることが実生活、実社会でもあるし、人間としての在り方として、本人が意識していようがいまいが、これができる人間は社会的に強いよなあ、と。
社会的に生きている以上他者との関係構築は必然であって、そこでただ愛想が良くてみんなに好かれる、庇護して貰えるということが如何に素晴らしいことか、そしてそれが原因で損をする一部の人々からどんな風に見えるか、そういうことがしっかり物語を通して伝わってきている気がして、いいなあ、と。
そして個人的にいいな、と思ったのは、物語を通して芦川の視点だけは絶対に展開しないこと。彼女の天然というか、良い人感というか、そういうものが意図的かどうかが最後までわからない。これが、この作品の良いところだなあ、と思っています。
これを書いてしまうと途端に面白くなくなってしまう。ただ要領が悪くて性格がよくて本当に庇護されるべき子なのか、全て計算の内なのか。人間の怖いところだなあ、と。それを上手く表しているなあ、と。ちなみに自分は前者だと思って読んでいました。これは読者によって、大きく感覚がわかれる部分のように思っています。
そういえば、芦川については猫の場面も酷かったなあ。押尾との営業の帰り道、道路脇の穴から猫の悲痛な鳴き声が芦川に聞こえて、きっと困ってますと、助けたいですという感じで押尾に声をかけて、押尾が体を張ってなんとか救出する話。この話の中で芦川は一度も自分から助けには行きません。
これを言うと色々な人に怒られそうですが、何か大変な事態でも他責、他責というのが非常に女性的で、なんとなくわかるなあ、と。ただ、たぶんですけど、自分の解釈だと、大変と言っておきながら自分から猫を助けるように行動しないことにおかしな点はないと思ってるんですよね。これは計算とかじゃないような気がしてます。なんというか、言語化が難しいんですが、こういうヒロイックな思考を持つ女性は、多いような気がしています。大変だよ、かわいそうだよ、と伝えるだけ伝えて実行はしない。この実行しない、というところにどういった感情の動きがあるのか自分にはわからないんですが、自分にはそれが非常に女性的に思えました。

押尾は二谷とよく居酒屋に行きます。おでんとか鴨鍋とか。あとビール。二人が居酒屋に行く場面は結構好きで、自分も東京に住んでいた頃に職場の同僚とよく飲みに行ったなあ、なんて思い出しながら読んでました。
押尾は根が真面目で、色々と器用でそれなりに仕事もできるし、美味しいものも好きで、ご飯のために友達と旅行に行くこともあります。でも二谷との会話でそういうのは嫌いなんだ、と言われればわかる、と言える社交性も持ち合わせています。
彼女から見た芦川は、なんとなく嫌な感じです。嫌い、というのとは違う気がするんですが、なんで、という感情がなんとなく伝わってくるような。
本作を通して、個人的に一番感情移入できたなあ、と思っています。

個人的に、女性作家の作品は感情移入ができなかったりすることが割と自分の中ではあるんですが、この作品は比較的読みやすくてわかりやすいなあ、なんて感じました。

本当は今読んでる別の本と合わせて感想文にするつもりが、思ったより思い返しながら書いていたらそこそこな文字数になってしまったので、今回の感想文はこの1作で。
いま図書館で借りてる本を読み切ったら、また読書感想文を書いていきたいなと思っています。

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