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記憶の片隅に残る絶好調でハイな気分

「肥満だから無理だな」

医師の言葉は唐突だった。

肥満なのは承知している。けれども、私はドギマギした。話の流れが想定外すぎると感じたからだ。




全身麻酔の危険因子「肥満ゆえの血栓ができる危険性」について説明を受けた。術後には、血液をサラサラにするお薬を体に入れることを優先するから、硬膜外麻酔は使えないというのだ。

硬膜外麻酔とは背面の腰のあたりから管を入れる麻酔のこと。揮発した麻酔薬が持続的に体内に入る仕組みだという。

以前の開腹オペでは硬膜外麻酔を使ったから、今回も使うものだと私は思っていた。だから私は不安になったのだ。硬膜外麻酔なしで痛みに耐えられる自信もなかった。

「硬膜外麻酔の代わりに何か痛みを取ることはできるものがあるのでしょうか?」

「点滴で痛みを取る薬を入れます。持続的に入れるだけでなく、痛みが激しいタイミングでは少しまとめて入れることもできますから、硬膜外麻酔なしでもなんとかなりますよ」

サクッと医師は説明したが、やはり不安は拭えなかった。



手術後。

ICUに入るほどの手術。

「他の患者さんとの兼ね合いで、ICUに泊まらずに、お部屋(=病室)に帰ってきてもらうこともあります」と説明は受けていたが、術後1時間程度でICUを追い出されるとは思わなかった。

痛みはボチボチ抑えられていたのだが、消灯後、痛みが一気に増してきた。

最初の夜だから仕方ないと思いつつ我慢をしていたが、痛みで眠りが浅くなる。

私の眠りが浅いことに気づいた巡廻の看護師が声をかけてくれた。

「痛みはどうですか?」

「痛いです。眠れないです。この痛みなんとかなりませんか?」



私の言葉を受けて、2人のスタッフが私のベットサイドへとやってきた。

懐中電灯の明かりを頼りに、メモリを確認しつつ、何やら厳しめの口調で2人は点呼確認のような作業をしている。

この2人は一体何をしているのかな?

そう思った瞬間、これまでに感じたことのないような強烈な高揚感に包まれたのだ。

何だってできる!この世で私が最強の存在だ!ひゅー!ひゅー!

そういう気持ちが内面から突き上げてくる。絶好調でハイな気分だ。

一瞬で痛みは吹き飛んで、最高の気分の瞬間から記憶が途絶える。

深い眠りへと私は落ちていった。



この快感を引き起こした妙薬は、術後に数回、投与を依頼している。だが、最初の時ほどは高揚感はなかった。もしかしたら薬の量が違っていたのだろうか?

それとも、最初の体験で期待値が上がってしまったから、快感に鈍感になったのだろうか?

あの時の高揚感、絶好調の感覚は、きっとあの薬が「ヤバい薬」だったからなのだろう。

だが、確かめる勇気もない。

知らないほうがよいこともあるのだ。




病に罹るというのは辛くもあるが、また一方で面白くもある。

普通に暮らしているだけでは滅多に遭遇しない経験ができるからだ。

物事にはいろんな側面があるという前提で、珍しくて面白い体験ができたことに焦点を当てる。すると、闘病という響きは、また別の意味を持つ。

病はもう二度とゴメンだという気持ちがある。と同時に、次があってもなんとかなるだろうという気持ちもある。

そう思えるのは「珍しくて面白い体験」として捉える視点を持てるから。

これからも、なんとか生きていこう。

絶好調でハイな気分を記憶の片隅に残しつつ。