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文披31題:Day22 雨女

 思えばつくづく、不運な生まれだと思う。祝福を受けていると言われても、実感できないほどには、この身に受けた特性はうとましいものだった。
 『神の恩恵』と呼ばれる魔法のうち、雨の魔法の性質を持って生まれたと知ったとき、喜びよりも落胆の理解を覚えた。
 なにせ、雨の魔法といっても使いこなせないうちは知らず知らずのうちに雨を降らせてしまうがゆえに、外での行事はほぼ確実に雨天決行もしくは中止の状態だった。
 幼い頃はなおさらだ。遠足や旅行など、楽しみにすればするほど魔力は高まり放出され、結果空に雲を呼びよせ雨が降る。おかげで周囲からは「雨女」と名実ともにそろった二つ名を得たくらいだ。
 家族はといえば、『神の恩恵』を受けた娘が生まれたと大喜びだった。世界に働きかける作用の大きい魔法ほど格が高いと考えられている社会で、ひときわ価値が高いと目される『神の恩恵』の魔法使いが一族から生まれたとあれば、注目の的だ。
 古の時代では、世界を救ったと伝説が多く残る『神の恩恵』の魔法だが、現在においてそれほどの価値が見いだされるものでもない。
「昔は水が貴重で、雨がその大きな資源だと考えたら、めちゃくちゃありがたがられただろうねぇ」
 しかも、その魔法使いは自由自在に雨雲を呼び寄せたり、散らしたりできたのだろう。幼い頃に読んだこども用の魔法史の絵本には、そんなことが書いてあった気がする。
「そんなことをぼやいている貴女の魔法の腕は?」
「こんなものですぅ」
 カフェテリアの一角から外を臨む窓に向け、指を振る。示された方向に設置された植込みの真上に小さな黒雲が現れると、ざぁっと緑に水をかけて消えた。
 わぁ、水やり簡単!と友人が手を叩いて賛美をくれる。
「どーもどーも」
 両手を広げてわざとらしくパフォーマンスしてみせるも、二人とも大して浮き立ってはいない。いつも繰り返されているやりとりだからだ。
 雨の魔法使い、という事実にうちのめされているときに、友人はいつもこうやって慰めてくれるのだ。下手な慰めはいらない。笑い飛ばしてくれるくらいでいい。
「だいたい、神殿に記録が残ってるから認定、っておかしいと思うのよね。何か役に立つわけでもないし! 派手でもないし!」
「まぁまぁ、あたしの香の魔法、鼻が利くのはありがたいけど匂いに敏感で辛いっちゃ辛いから、そういう『箔』がつくだけでもありがたいと思うとこだけどねぇ」
「こんな『箔』ならいくらでも譲ってあげるわよ。いいじゃない、香の魔法」
「失敗すると一日ニンニク臭が消えないとかなるけどいい?」
「それはいや。めっちゃいや。前言撤回するわ」
 む、と二人が数秒にらみ合う。その後、たまりかねて二人同時に吹き出して笑いだす。
「ニンニク臭が消えないとか! どうやったらなるわけ?」
「わっかんないけどー香りの組み合わせで反応したりしてんのかもねぇ」
「ある意味発明じゃん! ムカつくやつとかいたらかけてやれば?」
「魔法テロだしそれ!」
 けらけら笑い続けながらくだらない話をしていると、不意に頭上に影が差し、こつんと頭頂が小突かれた。
「構内での無暗な魔法は禁止されていますよ?」
 笑みと共に注意してきたのは二人のクラスを受け持つ副担任だった。淡い茶の瞳が細められているので、怒っているのかからかい半分なのかはわからない。
 普段から笑みを絶やさない教師だが、何を考えているかわからないということでも有名で、そして怠惰だ。なので、今回の注意は「面倒ごとを起こすな」といったところか。
 小突かれた部分を押さえ、はぁいと返事をすると、よろしい、とうなずかれた。
「そういえば、そろそろ時間では?」
 教師が胸元にぶら下げた時計を手に取り尋ねられ、はたと気づく。
「先生、時計見せて!」
 いいですよと教師は快く時計の文字盤を見せてくれる。待ち合わせの時間まで猶予がないことに改めて気づいて、慌てて立ち上がった。
「ありがと先生!」
「廊下は走らないようにしてくださいね……!」
 二人してばたばたと、注意の通り走らず早歩きで進みながら、所定の場所にはぎりぎり間に合う時間に到着した。
 毎週この時間に行う定例行事に参加するためだ。
 アカデミーの一室がその場所だが、限られた場合、限られた時にしかその部屋は開かれない。
「いつもごめんね、付き合わせて」
「いいよ、面白いもの見せてもらえるし。あの綺麗な顔、間近で見られるのも特権だと思ってるから」
「ありがと~!」
 扉に手をかざすと、魔方陣が浮かび上がって消えた。次いで、カチャリと鍵の開く音と共にひとりでに扉が開く。
「時間通り、今日も来たね! さぁ入り給え」
 室内は薄暗い。カーテンを閉め、灯りを最小限に抑えているからだ。
 室内にいた人物が入室に気づいて声をかけてくる。
「こんにちは」
「はいこんにちは! うんうん今日も魔力の流れが良いな! 元気な証拠で素晴らしい! 付き添いの方も、元気でなによりだ!」
「魔力の流れで人の健康の良し悪しを見ないでくださいよ……」
 顔色ではなく、魔力で健康診断。確かに調子が悪いと魔力の流れも悪くなると聞くが、彼はそれを実践している。ただし、不思議な眼鏡をかけているが。
 友人は彼の顔を見て、嬉しそうに頬を染めている。毎週会う彼のご尊顔を拝するのが彼女のなによりの楽しみ、だそうだ。
「まぁそれはさておき、今日も早速始めるかね!」
 テンション高く、勢いよくかけていた椅子から立ち上がるとこちらへ、と促される。
 暗い室内はすっきりと片付けられているため歩くのに困難はないが、まだ昼日中の明るいところから薄暗いところに進むのはいつでも少しためらいを感じる。
 ゆっくりと示された場所に進み、目の前に準備されているものの前に立つ。
 丸いテーブルの上に、水晶がひとつ。ただし、水晶は宙に浮いていて真下には一抱えほどのサイズの半球のボウルが置かれている。
「深呼吸して精神が落ち着いたら、いつもの通りに水晶玉に魔力を注ぎ込んでくれたまえ」
 魔法には集中がいると彼は知っている。高名な魔法研究家である彼は、普段は奇想天外な変人としても有名だが、魔法を尊重する気持ちは高く、同様に魔法使いの扱いにも長けている。なのに魔法が使えないというのも不思議なものだが。
 息を深く吸い、吐いて水晶玉に意識を集中する。深くなっていく呼吸に合わせ、水晶玉にかざした手のひらに淡く光が灯る。
 青にも銀にも、あるいは緑にも思える光がゆっくりとひとつの糸のようによりあうと、水晶玉に伸びていく。ゆるりとした動きだが確実に魔力の糸はつながり、水晶玉を包み込むように伸びていく。
 上から下までぐるりと囲むと、一番下まで伸びた先から魔力の雫が生まれ、ボウルに落ちた。ガラスのようにも、水滴のようにも聞こえる音が室内に響き渡る。
「うん、今日の魔力もかなり良いものだな!」
 満足そうにうなずきながら、魔法研究家がボウルにたまっていく魔力を観察している。ボウルの底が見えなくなるほどになって、「今日はこれで」と制止の声がかかった。
「よく頑張ったの」
 額に浮いた汗を拭いていると、気遣う瞳で魔法研究家がハンカチを差し出した。普段の行動とはかけ離れた繊細な気遣いは、不思議なことに違和感はない。
 魔力の放出後の消耗状態を確認され、異常がないとわかるやいなや視線を巡らせボウルにたまった魔力の雫をうっとりと眺めるところはやはり変だな、とは思ったが。
「うんうん、今日もよく集められた! 『神の恩恵』の魔法の魔力は、気が強くて扱いが難しいからのう。協力的な娘がおって助かるというもの。それに、魔力の雫も使い手と同じく素直な性質で大変よろしい」
「魔力の雫に、そんなこと関係あるんですか?」
「あるよ」
 何を言ってるとでも言いたげな顔で振り返られた。彼の普通がみんなの普通でないことがわかっているのかいないのか、たぶん後者だろう。
 それでもそこまで気にしてもいないのか、これで研究がはかどる、と彼は嬉しそうにボウルを持ち上げて厳重に魔法除けの布で包んだ。
 部屋も同じ加工がされているのは、魔法の暴走防止のためだ。逆に言えば、魔法が使えない部屋ともいえるので、普段は使えないようにしているということでもある。
「本日はこれでしまいじゃ。お疲れ様。今日は早めに休むことだな。魔法も使わない方がいいぞ」
「いつもの注意ですね。了解しました」
「うむ。では、また来週な」
 ワシは片付けがあるから先に帰っていいぞと言われるのもいつものことなので、友人と連れ立って部屋を出る。
 扉を閉めると、二人でがくんと肩を落とした。
「っはー。疲れたー」
「魔法抑制の部屋って、いるだけで圧がすごいもんねぇ。あんな中でよく魔力放出できるなと思うよ。あたし、いるだけで息するのもしんどいもん」
「魔力だけは強いみたいだからねぇ。でも私だって、苦行部屋みたいなとこに、かっこいい『先生』が見たいだけで頑張ってるあんたもすごいと思うけど」
「まぁ、心の栄養摂取、みたいな?」
「それな」
 あの顔は確かに見るだけで心に元気が出る気がする。接するとその倍疲れるかもしれないが。
 今日はこれで帰ることになり、支度をしてアカデミーを出る。
「ほんとにだるいわ……帰ったらすぐ寝そう」
 ぐたぐたと愚痴りながら帰路をいく、と言ってもそこまで遠くはない寮に向かってなので、その足取りは通常通りだ。走ったり、魔法を使わなければそこまでではない。
 けれど、不意に聞こえた叫び声にびくりと足を止めた。
「魔法の暴走だ! 火が付いた!」
「水は! 水の魔法使いは近くにいないのか!?」
 魔法による火は、ただの水では消すことが難しい。だが、近くに水の魔法を使える者はいないようだった。強い風魔法であればあるいはと思ったが、そんな魔法使いがいるようでもない。
 火元の近くにいて、水に近い魔法を使えるのは、自分だけのようだ。
 魔法研究家の声が脳裏によぎる。魔法は使わない方がいい。
 でも、目の前で火は大きくなっている。どうやら火薬の実験でもしていたのか、色とりどりにの炎がだんだん大きくなっている。
「あのさ、お願いがあるんだけど」
「魔法使うの?」
「うん、倒れたら、寮まで運んでくれる?」
 当たり前よ、と友人が笑う。なんならあたしの魔力使う?なんて申し出もあったが、友人も疲れているので丁重に断った。
 火元に近づくと、
「水の魔法使いか?」
 希望の宿った声で聞かれて、首を振る。落胆の表情に苦笑いが浮かんだ。
「水は無理だけど、雨なら、どうかな?」
 手をかざし、集中する。額と背中に脂汗が浮かぶ。ああ、カフェテリアで無駄に雨雲なんか作ったりするんじゃなかった。
 体から力が抜けていくのとだるさが増していくのに耐えていると、火元の真上に黒雲が現れ始める。はじめは小さな黒点のようだった雲は、ゆっくりとではあるものの確実に大きくなっていく。
 時折、熱気にあおられ雲が小さくなりそうになるのを魔力で支え、火元を覆いつくすほどになったところで叫んだ。
「雨よ! 降れ!」
 ザアアア、と滝のような音が鳴り響き、燃え盛る炎に雨が降り注いだ。みるみるうちに炎は勢いを失い、後には黒ずんだ焼け跡が残っていた。
 完全に消化が終わると、騒然としていた周囲は沈黙していた。まるで炎と同じく雨に打たれたように。
 誰も雨には降られてはいないというのに、しんと静まりかえり、誰も、何も言わない。だが、誰かがぽつりと「雨の魔法使いが火を消した……」とこぼすと、
「そうだ、雨のおかげで火が消えた!」
 と次々に騒ぎ出し、そのままの勢いでワァッ!と声が上がった。
「雨の魔法使いの魔法で消火された!」
「ありがとう、助かったよ!」
 火元の原因となった火の魔法使いが慌てて駆け寄ってきて礼を述べてくる。が、それどころではなかった。
 多くの魔力を放出した後に魔法を使ったことによる反動が来て、気づけば視界は真っ暗闇になっていた。

 目が覚めると、見慣れた天井ではなく真っ白な部屋だった。消毒薬の匂いと、遠くで声が聞こえる。
 病院だ、とすぐにわかった。魔法の使いすぎで倒れた結果、運ばれたのだと。
「あ、大丈夫?」
 友人がほっとしたようにこちらをのぞき込んでくる。聞いてみると、あの火事からそれほど長くは経っていないらしい。
 運ばれてから一時間も寝てなかったよ、と言われて笑っていると、両親が到着したと看護師が報せに来た。
 また自慢話のネタができたと歓ばれるかなと身構えたが、予想と打って変わって両親は娘の無事を素直に喜んでいた。
「……『雨の魔法使い』として、ちゃんとできたかな」
「何言ってるの、私たちの娘として、自慢の行動だったわよ!」
 危ないことをして、心配させてと少し怒った口調で、それでも誰かの手助けをしたこと自体は褒められるべきものだと母に抱きしめられながら父に言われる。
 自分のできることをしたんだから、とますます抱きしめられて、正直苦しかった。そして、ごめんねと耳元で母が囁いた。
「ずっとそれがひっかかってたのよね。『雨の魔法使い』なんてすごい特質を持っていることは、貴女にとって有利ではなく重荷だって。わかっていたけど、うまく解消してあげられなくて親失格だわ。貴女が元気でいてくれて、魔法を愛して使ってくれたらそれで十分なのに」
 とつとつと語られる言葉は暖かさに満ちていた。それに動く心もあったが、確かに勝手な言い分だなと思う。でも、そう思ってくれていたことは素直に嬉しかった。
「……うん、ありがと。なんか、やっと自分の魔法がちょっと好きになれた気がするし、うまく付き合っていけるようになった気がする」
 鼻をすする音が聞こえて目を向けると、友人が涙目になっていた。お涙頂戴物のドラマじゃないんだけどな、とは言わないでおいた。
「雨女、世界を明るくする、かな」
 笑って言うと、雨上がりって虹が見えたりするもんね!と友人が言った。そうだね、と返しながら
「じゃあ、虹の魔法使いを目指してみるか!」
 ランクアップ、と友人と手を叩いて大言壮語を吐いてみる。
 雨の魔法使いも、虹の魔法使いも魔法史の中では偉大な存在の一人と謳われている。そんな存在になりたい、と心の中で新しい目標ができたのだった。

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