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文披31題:Day17 半年
神はここにあられないのか。
慟哭は嵐の中にかき消され、誰にも届くことはない。神などいないのだ、と叫んでも、誰も止めはしない。
嵐の夜、裁きのように雷の落ちる夜に。
男にとっては自分の命よりも尊く、大切で最も愛しい者たちは、他人によって命を奪われたのだった。
「ただいまから、あなたに問われている罪を読み上げます。その後、必要に応じて発言してください」
カン、とガベルによってならされた音は、彼の断罪が始まったことを知らせる合図だった。
一段、二段と高い位置に座った人々らがこちらを見ている。冷たい目で、無機質にこちらを眺めている。
背後にはたくさんおひそひそと
男は呼ばれて証言台の前に進み出た。頭が回らない。どうして自分がこんな場所にいるのか。なんの「罪」があるというのか。
鳴り止まない耳鳴りと、ひどい頭痛で自分がどうなっているのかわからない。いつの間にか家に人が来て、自分を連れ出し、暗い場所に閉じ込め、数日経ってここに立たされた。
ぼんやりと霞む頭は思考がまとまらない。帰りたい。帰ったとてどうするというのか。だけど、ここではないどこかに。
カエリタイ。
書記官とおぼしき人物が書類を持ち上げ、口を開くのを見て、さらなる衝撃を受けた。
「あなたは、〇年〇月〇日夜、己の妻と子を、殺害した。凶器は―――」
「違う!」
反射的に訴状を読み上げる書記官の言葉を遮り、証言台に体をぶつけるように前のめりになる。慌てて押さえ付けられて証言台から引きずり下ろされ、別室に連れて行かれた。
「あなたは、馬鹿なんですか」
おとなしくしていてくださいと言ったでしょう、とうんざりした声で言われて顔を上げると、眼鏡の奥の瞳がいらいらしたようにこちらを見ている。
「あなたは確かに被害者ですが、現在有力な容疑者に仕立て上げられています。誰かって? わかりませんよそんなこと。動機? そんなもの、創作するくらい簡単だ。犯人が捕まりさえすればいいと思っている連中がごろごろいるここは、そんなの当たり前なんですから」
こちらとしては無罪を勝ち取りたいところですがね、と嘆息する様子は、自分が有罪と思っているのかははかりきれない。
けれど、家族を失い絶望し、たった一人で生きている男の様子に対する同情は本物のようだ。わからないくせにとは思ったが、反論する体力もなかった。
カエリタイ。ココニイタクナイ。デモ、ドコヘカエル?
自分は妻を、子を殺してなどいない。とても大切で愛しくて、かけがえのない宝物だった。その宝物を、殺すという形で奪われたのは間違いない。けれど、誰がそうしたのか、わからないのだ。
もう嫌だ、と男はつぶやいて、頭を抱えた。
結局、男は無罪となった。男は一向に罪を認めなかったが、有罪となる証拠もそろいきらなかったからだ。
裁判まで進んだというのに、裁判で提出された証拠は男の有罪を後押しするどころか無罪もしくはどちらともとれないものになるばかりで、結局決着がつかない形となったのだ。
なんらかの恣意的なものが絡む裁判で、とんだ茶番劇に付き合わされた、とは男の担当弁護士の言葉だ。
だが、男にはどうでも良かった。家族が戻るわけではないし、男が家族を殺したと言われたわけではない。
長い時間が過ぎたように感じたが一年の半分ほどの月日が経っていたと気づいたのは、やっと自宅に戻ったときだ。
暦をめくっていくと、妻の記した懐かしい文字と、赤い花丸。そのあとに、子どもの名前と「お誕生日!」と楽しげな言葉とイラスト。
涙が頬を伝うのを感じ、男はうずくまった。
カエリタイ、カエリタイ。
男は確信した。どこに帰りたいのか。
「おまえたちのいる場所に、帰りたい……」
ぱちりとまばたきして、見開いた目は、片方が金色に染まっていた。金色に染まった瞳はおよそ人のそれではなく、円に数字と針の刻印が浮かび、光を放つ。瞬間、男の姿は消えた。
朽ち果てた家には誰もいなくなったが、金の鱗粉が時計の針の形になるとぐるり、逆回転し、男の姿と同様、空気に溶けるようにして消えた。
男が絶望の果てに手に入れたのは、時渡りの力と呼ばれるもの。己の命の時を使い、望む場所まで時を渡る。
男は果たして帰りたかった場所に戻り、家族を取り戻した。けれど、元の男の運命はどうなるものか。
嵐の夜に、同じように、時は廻る。男は時を渡り、家族を取り戻す。
男の家族は、男が過ごした時の家族ではないが、男は幸せだった。
別の男は、家族を殺され罪に問われ、そしてまた家族を求める。
一年の半分の時が、その場所では繰り返されているのだった。
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