梔子

 夢を見ていた。目の前に広がるのは幻想的な草原。
 どこまでも、どこまでも果てなく続いていく緑の海原。
 切なく、懐かしい思いが込み上げてくる。
 なぜかはわからない。
 ただ、涙が込み上げるように、夢を見る。
 ただ、ずっと恋焦がれるように。願うように、夢を見る。
 夢を、見ていた。

 なぜ……?

 問い掛けても答えはなくて。

 ゆっくりと目を開くと、目の前には愛しい人の横顔が見えた。
「ほら? 何やってるんだよ」
 優しくかけられる愛情のこもった優しい言葉。
「夢を……見たの」
「夢?」
「そう、夢……」
 返す言葉はぼんやりとしたものだった。
 目覚めたらするりと手の隙間からこぼれてしまったように、おぼろげな記憶を思い出しながら、まばたきを繰り返す。
「……なんで?」
 頬に冷たい感触。流れる涙。
 伝う水滴を、優しい指がぬぐってくれる。
「どうしたの?」
 覗き込まれる。気持ちを映した優しい瞳が向けられる。
「なんでもないの。なんでも……」
 突然ポロリと何かが胸の中に零れ落ちた気がした。
 何か、思い出さないといけないことがあったような気がして。
「ああ、そんなに泣かないで」
 慌てたような声が降って来る。
 その様に少し笑みがこぼれる。優しさに心打たれた。
「ほら」
 目の前に差し出された、薄い黄色の花束。
 かぐわしい香りが目の前に広がる。
「ああ」
 切なく、懐かしく、優しい想い出が呼び起こされる。
 思い出した。見ていた夢。懐かしくて切なくて、胸を締め付けられて。
 そして、幸せな夢。
「ねぇ」
「ん?」
 唇にのぼったのは、少し嬉しそうな、切ない思いを秘めたいたずらっ子の笑み。
「私、あなたに出逢う前は花だったのよ」
 戸惑いの笑顔を浮かべた愛しい人に優しい口づけを……
 夢を見せる香りを……

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?