冬薔薇②
「……………薔薇?……」
小さな、やっと蕾をつけ、ほころび始めた花びらを懸命に空へと向けている。
小さいけれど優美な線を描く茎には同じく小さなとげ。そして小さくとも質感を持った何枚もの紅色の花びら。
生き生きとした花びらと、まとった氷のかけらが光る。
それは、生命の輝きだ。
周りの静寂が、凍ったように止まった気がした。魅入られたように、動けない。
けれど惹かれるように指先はその小さな薔薇へと伸ばされる。
紅色の花びらに、人差し指が触れた。しっとりとしていて、ビロードのようになめらかで優しい。
細かなダイヤモンドを散りばめたかに見える氷が、陽光をはじいてちかりと輝く。
『元気を出して』
「!?」
『元気を出して。あなたは、一人じゃないから。
みんな、あなたのことを心配している。あなたのことが好きだから。
あなたのことを想って』
かすかに聞こえる、言葉。音楽のようにも聞こえる、心地よい言葉。
突然の出来事であるにもかかわらず。、不思議と君が悪いなどとは感じない。
むしろ、もっと聞きたいと願う。
『大丈夫。また、必ず立ち上がることができるから』
それは、語りかける言葉。
『だから、拒絶しないで』
ふと、誰かの声と似ているなと思う。誰だったか。
『今は、休んで。そばにいる。約束する。願うよ。祈るよ。あなたの幸せを』
心地よい言葉の波に飲まれるように、まぶたが落ちる。
意識が暗くなる直前、不意に気づいたのは、その声が彼女ににているものだということ。
そして。
… … … … … … … … … … …
「びっくりしたわよ!」
後日、日を改めてやってきた彼女が開口一番そう言った。あの出来事に一言も触れようとはせずに。すっかり忘れたように。
気にしていないのか。記憶に残っていないのか。
そして今は、こちらに向かって怒っている。
「雪の積もってる庭で、倒れてたって! いったい何やってたの?」
そう。あの薔薇を見つけて触れ、あの『歌』を聞いたあの時。
もしくはその後。意識を失って倒れていた自分を母が見つけたらしい。
らしいというのは目が覚めるとすでに体はベッドに横たわっていたからだ。
「何笑ってるのよ? 説明してよ!」
彼女が怒鳴る。
目が覚めた後、薔薇を見つけた場所を探したが、あの紅色を見つけることはできずにいた。
夢だったのか、それとも幻を見たのか。
あの白い世界の中、奇跡のように存在していたあの花を。
「ごめんな」
「え?」
「いや、ありがとう、かな」
彼女は一瞬顔をゆがめたが、物も言わず抱きつかれた。
すすり泣きの嗚咽と、誰にも聞かせたくない言葉を、彼女は耳元で囁く。
そして、囁き返す。誰にも聞かれたくない言葉を。彼女だけに。
… … … … … … … … … … …
花が、咲き誇っている。
生きる力と、想いを伝えてくれた『冬薔薇』は、花開きこの腕の中にある。
美しい命の色をして。
銀色に輝く世界の中で、凛とたたずむ姿そのままに。
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