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麝香撫子

 私の瞳の色は、他の人と違う。みんなは焦げ茶色。私はみんなと違う色をしていた。
 変な色、とばかにされた。みんなと違うから遊ばない、と仲間はずれにされた。そんな幼少時代、私は自分の目が嫌いになったし、憎らしくも思った。この瞳を鋭利ななにかで突いてしまえば、こんな苦しみや悲しみもなくなるのだろうかと思うこともあった。
 けれど、この瞳は二十歳を越えた今も私の眼窩に収まっているし、視界は良好、ぱっちりと開かれている。
 私のこの瞳を、大切なものだと気づかせてくれたのは、母と、小さな親友だった。
 母は私の頬を暖かい両の手で挟んでぎゅう、とおまんじゅうみたいにつぶして可愛い子、と笑っていた。
 小さな親友は私の手を握ってのぞきこんで、綺麗な目、と笑っていた。
 私は私が誰かにとって大切な人であることを、私の目は綺麗な色をしていることを、この二人から教えてもらった。
 大好きだよ、と言われるたびに心に優しいなにかが降り積もっていって、私は私が好きになった。窓辺に揺れるカーテンの向こう、ティーカップに映る水面越し、青空を見上げて、私は私が一人の人として存在することを実感して、私は大きく息を吐いた。
 シュン、とお湯の沸く音が聞こえて私はテーブルから顔を上げて席を立つ。コンロのつまみをオフに回してなみなみとお湯の沸いたケトルを持ち上げる。テーブルに用意しておいた茶器の蓋を開けてお湯を注いで数分待って、ティーカップへ。淡い紅とも橙ともつかぬ柔らかな色合いが白い陶器の底から広がり、香りがふわり、立ち上がって。
 くゆる湯気を、爽やかな風が揺らしていく。目を細めて窓越し、青い空に白い雲がゆっくりと流れていくのを眺めてティーカップに口をつけて、体の中に暖かい紅茶を取り込むと、胸がいっぱいになるような心地さえした。
 それは、香りのせいなのか、否か。
 今日という日に、私がここにいることをありがとうと、伝えたい人がいる。それがとても嬉しくて誇らしい。
 今ごろ、この茶葉が私の大切な人たちのところにも届いて、同じように楽しんでくれているだろうか。
 ティーポットの中身には、紅茶の葉と、赤い花びらがゆらゆらと揺れていた。
 私の瞳の中にもあるんだよ、と私の大切な人たちは口を揃えて言ったものだなとまた、思い出した。

麝香撫子(カーネーション)
6月15日誕生花
花言葉は「無垢で深い愛」
ほか、色別に多々あり


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