#6 ハーフ系美女を口説いて撃沈した話|マッチングアプリ放浪記

ハーフ系美女を口説いたことなんて、人生において一度もなかった。そもそも女性と話すだけでも緊張していたのに、その上さらに口説くだなんて…。僕にはハードルが高すぎる。

今回は、そんな僕が初めてハーフ美女を口説いた結果、撃沈した話をしよう。大火傷だ。あれは悲惨だった。

今後、もし誰かを口説こうと思っている読者の方がいたら、僕の撃沈エピソードがあなたの一助となることを願っている。



その日、僕はアプリで新しくマッチした女の子と渋谷で会う約束をしていた。名前はジュリアという。ハーフではない。ただ、アメリカの文化が好きな女の子で、マッチングアプリの登録名がジュリアだっただけだ。しかし実際、彼女はハーフのような顔つきをしている。とても美しい。

僕らはハチ公前で待ち合わせた。彼女は黒いラグジュアリーな布に身を包んでいた。スラリとしたスタイル。それでいて、くびれが服の上からでも分かるほどにセクシーで、上品な佇まいをしていた。僕は、あまりの彼女の美しさに4秒くらい見入ってしまった。

「お待たせっ」と彼女は言った。

この時点で、彼女と僕には絶対的なレベルの違いがあった。それがすごく悔しかった。彼女は綺麗で、僕はさほど綺麗ではない。彼女はすごく余裕があるが、僕は内心かなりオドオドしていて、余裕なんて10億光年離れた場所に置いてきてしまった。

「全然待ってないよ。ちょうどよかった。じゃあ行こう」

「ありがとう」と彼女はお淑やかに言った。

「てか、服すごいかわいいね。どこのブランド?」

「ありがと! AZUL BY MOUSSYだよ」

「ん? あじぃる、ばい、まうじー・・・?」

僕が聞き慣れない横文字にたじろいでいると、彼女は笑ってもう一度繰り返し教えてくれた。

なるべく余裕な雰囲気を演出するために、常に優しく笑顔を絶やさず、紳士な振る舞いを心がけた。本当の僕は紳士でもなんでもないから、僕にとっては幾らか窮屈な時間であった。

そして予約していたバーに入る。彼女がLINEで行ってみたいと教えてくれた店だ。igu&peaceというところだ。一度は、美人局的なぼったくり詐欺ではないかと疑ったりもしたが、調べたところちゃんとした店だったため、安心してそこに行くことにした。


「詠世(えいせい)くんって、実は口下手でしょ?」


彼女はハイボールのグラスに口をつけながら言った。ブランコのように天井から吊るされたソファに座って、彼女は横目で僕の表情を窺っている。

「すごく聞き上手だし、話し方も不思議で面白いけど、昔はそうじゃなかったんだろうなって思う。なんとなくだけど。合ってる?」

合ってます。合っていますとも! 自分の全てを見透かされている気分になって、少し動揺した。

「ジュリアってすごいね。合ってるよ笑 恥ずかしいな。俺、本当はもともと結構無口なタイプだし、できることなら薄暗い部屋で1人でぼーっとしていたい人間だよ笑」

「薄暗いって、この店くらい?」

「ううん、この店は流石に暗すぎるかな。さっきもトイレに行くとき、段差に気付かず躓いたもん」

「ほんと?! 私も躓いた!笑笑」

彼女は今日1番の笑顔を見せてくれた。その横顔はとても上品で、どこか幼くて、可愛らしかった。

「ジュリアはすごく綺麗だよ」

「急にどうしたの?笑」と彼女は少し驚いて、「そんなことないよ。私なんかまだまだなの」

彼女は毎日トレーニングをしているといった。小顔にするマッサージも一人でやっているという。

「私ね、結構馬鹿だから、頭がよくて美人な人を見るとすごく悔しくなるの。だからね、結構劣等感の塊なんだよ」

「そっか」と僕は言った。

「でもね、こんなことを言うと、嫌味って思われちゃうの。でもね、私ほんとに今の自分に満足してないの」

「それは素敵なことだね。今の話を聞いて、俺はもっとジュリアが可愛く見えてきたよ」

「嘘つき」

「ほんと」と言って、僕はハイボールを飲んだ。


この時点で、僕は彼女を口説くことを決めていた。ただ正直、彼女が結構キツい性格をしていることは会話の中で分かっている。これまで数々の男を振り、彼らを奈落の底に落としてきた話も聞いた。(聞くんじゃなかった。怖い)

それに、実際どのタイミング口説けばいいかもわからない。店の中で口説いて、もし失敗したらすごく哀れな姿で会計を済ませることになる。かといって、路上で口説くのもダサいし、僕は彼女の話は実際のところ上の空で、頭の中はどうやって口説くかということしか考えていなかった。

そして考えるのを諦めた。成り行きに任せよう。


僕らは店を出るまでに一通りのことを話した。彼女の好きな音楽は洋楽が大半であること。昔は学校の先生になりたいと思っていたこと。ストイックにトレーニングをしていること。実は少女漫画が大好きだということ。(ギャップ萌え)

店を出るときに、彼女は「このあと暇?」と聞いてきた。

おいおい。待て待て。僕はテンションが上がった。

「キタァァあああああ!!!」と叫びそうになったが、僕は全体重をかけてその叫び声を抑え込んだ。


「詠世くん、宮下パーク行ったことある?」

「一回だけね。そこで少し飲み直す?」

「そうしたい!」と彼女は元気に言った。最高の展開だ。いいぞいいぞ。

僕は浮き立つ足取りでコンビニへと向かい、檸檬堂を2本購入し、そしてそのまま宮下パークへ向かった。本当なら宮下パークなどには行かず、いつも通りホテルを打診すべきだったかもしれない。

だが僕はチキった。すごくチキっていた。自分をぶん殴りたい。

もういい。勝負は宮下パークだ。そこでラポールを形成し、その雰囲気のまま「二人きりになれるところで飲み直そうぜ」と言う。それだけでいい。それが今日の仕事だ。


宮下パークに着く。夜の屋上公園は雰囲気がいい。渋谷のど真ん中にありつつ、嫌な喧騒というものを感じない。そして薄暗く、みんなが穏やかにただただそこに居る。そんな公園だ。

僕らは適当なベンチに座って、プシュッと檸檬堂を開け、静かに乾杯した。そして適当な話をした後、束の間の静寂が二人の間に訪れた。

今がチャンスだ。なんかいい感じに空気は温まったはず。距離も近い。まずは軽く手を握ってみよう。そして大丈夫そうだったら、畳み掛けます…!

山田!行きまーす!!



手を握る。


手を振り解かれる。


死んだ。



みんなごめん。俺は土俵に立つことさえ叶わなかったよ。

それからジュリアは申し訳なさそうに僕をみて言った。

「詠世くん、ごめんね、私今はそういう気分じゃないの」

「そっか。あまりにジュリアの手が綺麗だったから、つい握りたくなったんだ。ごめんね」

ああ、言い訳も苦々しい。もう自己嫌悪しかない。僕の不慣れな感じとか、内心は余裕のない感じが向こうに伝わってしまっていたのだろうか。もっと堂々と自分を出すべきだったのか。もう僕には分からない。


そして僕らは早々と宮下パークを出て、ハチ公前で別れた。




はぁ。帰りの電車で僕よりため息をついた人間はいないだろう。はぁ。

かなりの大火傷ですよ、まったく。はぁ。恥ずかしいったらありゃしない。まあ、これも貴重な経験として、場数として、前を向いて行きます。はぁ。遊び人って、みんな苦労しているのね。きっと。

今まで嫌いだった、チャラ男たちに少しだけ敬意を表して、僕は電車に揺られて家路についた。

暗い夜の車窓に映るのは、哀れな男の姿だった。

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