![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/48715075/rectangle_large_type_2_805447e33f26144e6c75a854689b4773.jpg?width=1200)
「少女」のように不確かな輪郭で
夜の街を歩いてみれば、過ぎゆく人たちの輪郭はぼやけている。
孤独を紛らわすかのように身体を寄せ合う。
そう。いつだって曖昧な輪郭を補い合うように。溶け合うように。
孤独や不安、焦燥感のなかで、僕らは自己存在の不確かさを感じずにはいられない。
複雑な因子が雑然と絡み合うこの世界で、もはや僕らは内と外の区別すらつかない。
芸術家イケムラレイコの言葉を借りるとするならば、「少女性」とでも言えようか。
ここでの「少女」とは、無論、生物学的なそれではない。
「存在の不確かさ」「複雑な悩みが織りなす憂鬱」
大人であっても「少女性」を孕んでいる世の中なのだから、
ましてや制服に身を包んだ彼、彼女らが、この類の感情に悩まされないはずがない。
それでも、輪郭が曖昧だからこそ他者と溶け合えるのかもしれない。
氷と氷では互いに混じり合うことは決してないが、溶けてしまえば自然と交わる。うち流れるように。静かに安らかに。
僕らが今にも消え入りそうなのは、ひとりで苦しむためじゃない。
誰かと溶け合うためなんだ。
身体を寄せ合うためなんだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?