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[徒然]最近、彼女の距離が近い。でもたぶん、片想い。

最近、遥の距離が近い。僕は動揺を隠せない。


「ふ〜ん、男の子の喉仏って、こんなに硬いんだね」カフェで左横に座っている彼女が言った。

厳密な意味では彼女ではないその子は、最近僕の体に触って、あらゆる発見を楽しんでいる。

「ねえねえ、喉仏って押し込んだら痛い?」

僕が答える前に、遥は僕の喉仏を親指でぐいっと押し込んだ。

「っぅう!痛い痛い。命に関わるよ」と僕が言うと。

彼女は喉仏を愛おしそうにさすりながら、「丁寧に扱わないといけないだね」と言った。不思議な語尾が可愛らしかった。

本当に、純粋な探究心だけで行動するものだから、その度に僕は動揺してばかりいる。



「遥、そろそろ喉仏の研究は終わったかな?」

カフェの窓から外を眺めていると、空は名前のない色に包まれていた。

「研究は日夜行われているだよ。研究に終わりない」

そう言うと、今度は僕のシワだらけの手を指さして、「しゅわしゅわだね」と言った。

僕は怒るわけでも笑うわけでもなく、「おいっ」と言って彼女の頭をぽんっと叩いた。


「あはっ、ねえもう一回叩いてっ!」と遥はそう言った。

僕は一瞬驚いて、「ん?遥はドMなの?」と冗談まじりに聞いた。

「ドM?ちょっと辞書で意味を調べてもいいかな?」と彼女は真剣な顔つきで言った。

「いいよ」と僕が言うと、彼女はYahoo!で「ドM とは」と検索し始めた。

weblioには「根っからの被虐嗜好の人。人から攻撃されたり苦痛な状況に陥ったりすることを楽しむ傾向・性癖が甚だしい人。」とあった。

彼女はますますハテナが増えてしまったようで、今度は「被虐嗜好 とは」と検索し始めた。

これではキリがないと思った僕は、「つまり、痛くされるのが好きか、ってことだよ」と言った。

彼女はコーヒーを飲みながら驚いて、「痛いのが好きな人なんていないよ!」と否定した。

(さっきもう一回叩いて、と彼女が言ったことは揚げ足になるから持ち出さなかった。きっと人間というものはいくつもの矛盾を抱えて生きているものなのだろう。それは僕も同じ)


こうして遥はカフェモカを、僕はアメリカンを飲み干して、席をたった。

カフェの外に出ると冷たい空気がヒューッと吹いてきた。

「寒い寒い」と言いながら、僕はマフラーをした。


寒さ凌ぎは口実で、ほんとは彼女に喉仏を潰されないように。

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