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業務効率化って如何に「自分で考えさせないか」が重要なんじゃないかな

前社で私が退職した後、同期も1人退職してしまっておりました。
隣のチームながら、取り分け私と同じ方向性を向いていた人でしたが、先月一緒に飲んだ時の「まぁ俺も来月で辞めるんじゃね?」を本当に実行しており、私の時と同様に電撃退職となったようです。

私が前社で取り組もうとしたことは一貫して業務の見える化と標準化です。
組織というのはその規模に応じて役割が細分化されていくのですが、中でも製造の仕事やユーザーサポートの仕事というのは、業務の標準化が進められていなければなりません。
製造は作る人によって品質が変わってはいけないし、ユーザーサポートは回答者によって内容が変わってもいけないからです。

結局のところ顧客向けのプロジェクトこそやったものの、業務の標準化に関しては何一つ進むことがなく、恐らく適応障害で身体愁訴を起こして退職に至ります。


⏲「自分で考えろ」はNGではないか

退職後になって精神科を受診した際に分かったのは、どうも私はASD(自閉症スペクトラム障害)の性質を持っているということでした。

ASD当時者には理解しやすいと思いますが、職場で「自分で考えろ」と言われたところで経験のないものを「どう考えて良いかわからんのですが」という状態になります。
かと思って「自分で考えて行動する」と「勝手なことをするな」と言われて委縮します。

いわゆる「自分の立ち位置を正確に把握して先手を打つ」というのは大の苦手なのです。
抽象的なことを理解するのが難しいですから、大事なことは取り決めることになります。

ただし、これはASDの特性を抜きにしても、品質管理という観点では「やって当たり前のこと」であったりもします。

まだ少人数の商店や零細企業であれば、1人で複数の役をこなす必要がありますから、個々人に裁量を与えて「自分で考えて行動してもらう」必要は多く存在するでしょう。

一方、中堅企業まで育つと業務が細分化され、人員も増え、異なる考え方をする人間が集まりだして、場合によっては派閥ができます。
こうした中で、円滑に日常業務が回転するために必要になるのは「共通の取り決め」です。
言ってしまえば「共通の取り決め」をすることによって「自分で考えない領域を確保する」ことが必要になってくるわけです。

📄前社では「取り決め」が無くて上手くいかなかった

振り返るに前社で上手くいかなかった最大の要因が「取り決め」の部分でして、実は就業規則すら無かったんですよね…。

まぁ就業規則は置いておいても、作業において「自分で考えて」と「率先してやって」とは散々言われるものの「具体的に何をどう動いたら良い?」というのは全くわからんまま1年半を過ごしたのです。

で、私も今月に電撃退職した同期も向いていた方向は「業務を見える化しよう」と言うことと「(取り決めを作って)業務を標準化しよう」というものでした。

「率先して業務をやって」と言われて質問をSlackに投げても反応が無くて「無視されてるんちゃうか?」と不安になりましたし、そんな日々が続いたんで「質問箱とダブルチェック用の箱を1つのベルトコンベアに流すような一元管理をしましょうよ」って話をしたんですけどね。

それらのルール化は自社製ソフトを使えばできることだったのですが、今月退職した元同期は「自社のソフトすら活用できてねぇじゃねぇか」と言う不満を述べていました。

小さな商店や会社は1人当たりの役割が多くて大変ですが、その代わり裁量もあることが多く、自分で考えて会社を創っていく必要があるでしょう。

一方、中堅レベルまで育った企業は業務が細分化され、1人1人の裁量も少なくなってきます。
少なくとも「日常業務を円滑に回す」と言う視点に於いては「様々な作業のルール化(標準化)」が必要であり、ひいては「自分で考えろ」の部分を少なくしていく仕組み作りが必要なのです。

特にこの先、人手不足で外国人人材にも頼らねばならない時代です。
「取り決め」が無い(空気が読めないと仕事ができない)職場は人材が定着し辛く、離職の多い職場になってしまうのではないでしょうか。

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