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浅倉秋成『6人の嘘つきな大学生』

人に勧めてもらった本を読んで、瞬発力だけで書く感想文を残す遊びをしています。

今日は、浅倉秋成の『6人の嘘つきな大学生』。



人生最大の悪事を暴かれる最終選考は経験したことがないけれど、人生最大の後悔をわざわざ聞いてくる最終面接なら知っている。私が新卒で入った会社だ。

そしてそこで「友だちと遊ぶ約束をしていたのに、他の子とも遊ぶ約束をしてしまったことがある」という小学生時代のダブルブッキングを挙げて内定を獲得した人間を知っている。私の同期だ。


スピラリンクスの内定獲得を目指す6人の大学生は、最終選考のグループディスカッション中、何者かの告発によって過去の悪事を暴かれる。いじめで他人を自殺に追い込んでいたり。恋人に中絶をさせていたり。そんなな中で主人公・波多野祥吾が思い当たる悪事として自ら挙げたのは、「小学生のとき友だちに借りたスーファミのソフトをまだ返していない」であった。

作中ではこの悪事とも言えないトンチンカンな発言を機に笑いが起き、重苦しい議論が方向転換するが、身近に実際似たような人間がいた私としては笑えない。

小さなダブルブッキングや小さな借りパクを悪事として挙げることができる、そしてより恐ろしいことにおそらくそれしか本当に人生最大の悪事がない人間がこの世にいる。マジでいる。ごく普通にいる。本当に悪いことしてないんだろうなって雰囲気でもわかる。育ちの違いにクラクラしちゃう。そしてその潔白な人生に比して、悪事しかねぇ自分の人生を卑下したりしてしまうのである。正しい「羨ましい」の例である。あらいやだ。

同期の彼はよく言っていた。「自分は尖った何かがあったから入社できたわけではない」と。むしろ当たり障りなく、落とされる理由がなかった。全員に見落とされるかのごとく、内定まで進んだのだと。

しかし今思えば、そもそも就活ってそれが正解なんじゃね?という気がしてならない。

この6人のグループディスカッションでも、結果は同じである。挙手制の多数決で、内定にふさわしい人間を決める。結果的に内定を獲得したのは、悪事がさらされることのなかった人間。落ちる理由のない人間だった。

落ちる理由のない人間は当たり障りのない人間であり、入社後活躍しないかといえば、そんなことはない。むしろ普通に仕事ができる。モメない、コケない、無茶苦茶しない。絶対的な信頼感と安心感がある存在である。

作中では就活なんぞ嘘だ欺瞞だと批判される描写があるが、結局組織に入れば嘘や欺瞞すら軽やかに突破する人材が必要なわけで。その組織に合致する人間を取ろうと思うなら、嘘や欺瞞に溢れた就活システムにもなるでしょうよという気がしてしまう。そしてそのシステムを突破するのは、ずる賢さやテクニックではなく、結局真っ当にきちんと生きてきた人なんすよ。参ったね。

羨ましいだのまともだの言ってしまったが、私の同期は5人いて、みんな仲良く過ごした。仲が良かったので、3年できっちり全員辞めた。今では「全滅ファイブ」と呼ばれている。

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