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『幸せな未来は「ゲーム」が創る』の紹介

 今回は,ゲームの可能性を論じている『Reality Is Broken』の翻訳書をご紹介します。本の情報は以下のとおりです。

McGonigal, J. (2011). Reality is broken: Why games make us better and how they can change the world. Penguin Press.
(マクゴニガル, J. 妹尾 堅一郎 (監修) 藤本 徹・藤井 清美 (訳) (2011). 幸せな未来は「ゲーム」が創る 早川書房)


どのような本か

 原書『Reality Is Broken』は,有名なゲームデザイナー・研究者のジェイン・マクゴニガルの著書です。翻訳に関わっているのは,第一線で活躍するシリアスゲーム・ゲーム学習論の研究者である藤本徹先生です。ゲームの良い話が好きな方や,ゲームについてはよく知らないけれどそのパワーに注目しているという方などには,良い翻訳のおかげで読んでいて楽しい気持ちになれますし,読む価値もある本だと思います。

本書の特徴

 本書の特徴は,ゲームに対して一貫して楽観的な立場から書かれていることです。一般に,ゲームについての本というのは,ポジティブネガティブのどちらかの見方で書かれます。学術的な論文であれば,どちらかの立場で結論までを書いたような場合でも,慎重に論述する必要があるため,中立的な態度に寄っていきます。これに対して,市販の本は読んでいてわかりやすく,より面白いものにするために,むしろ強い態度で主張が書かれるのが一般的です。その意味では,本書はポジティブなゲームの本の代表といえます。

 もう一つの特徴として,ゲームの事例が豊富に示されていることが挙げられます。巻末にゲームのリストもあり,読者には参考になると思います。この翻訳書が約500ページの長さになっていることからも,内容の豊富さがうかがえると思います。この分野では具体的に個々のゲームを見ることが深い理解につながることから,「ゲームの事例集」としても重宝されます。

 ただし,2024年現在では,出版から10年以上が経過しているため,事例となっているゲームそのものが古くなり,アクセスすることが難しくなっているものもあります。しかし,本書は各ゲームについて丁寧に詳しく説明されているため,プレイしなくてもだいたいの雰囲気は伝わってきます。ゲームは実際に体験することで良く理解することができるものなのですが,本書を読むだけでもゲームの可能性を十分に知ることができるでしょう。

代替現実ゲーム(ARG)

 本書では,代替現実ゲーム(Alternate Reality Game; ARG)について書かれています。ARGは2000年代以降に現れた比較的新しいゲームの形態です。その新しさゆえに,有名になったものがARGを代表するものになるので,正確に定義するのはやや難しいと思われます。

 ARGは,Webサイト,テキストメッセージ,Eメール,広告,演出された広報イベントなどのメディアを用いて,現実とゲームの間の境界線を曖昧にしながら,共同的かつ双方向的に形作られる物語であることがあります。一方,著者のマクゴニガルによると,ARGは現実の生活を逃れるためにプレイするゲームとは異なり,現実の生活からより多くのものを得るためにプレイするゲームを指し,私たちの生活の質を改善する可能性があるものです。本書にはSNSやデジタルツールを用いて普段の生活や人間関係,社会に影響を与えるゲームが次々と登場します。つまり,マクゴニガルのいうARGとは,社会に役立つシリアスゲームであり,人生や生活全般についてのポジティブな感情や認知的評価としてのウェルビーイング(well-being)を向上させるものであるといえます。本書では,このような現実の目標を達成するために,身の回りにあるあらゆるツールを用いた,ゲーム(的な)活動について知ることができます。

有限の資源から無限の力を引き出す

 本書には,心(精神)のエネルギーは有限であるという捉え方が書かれています。その例として,11章にエンゲージメントエコノミーという用語が登場します。有限の資源(リソース)であるエネルギーを枯渇させず,持続可能な形で保持するには,どうすればよいのでしょうか。ここで必要になってくるのがゲームから生まれる内発的報酬であるというわけです。マクゴニガルはゲームプレイから得られる満足感などの内発的報酬が無限に再生可能な資源であると主張します。これは,ゲームプレイにおいては活動に参加すること自体が報酬になるため,他に報酬を払う必要がないということを意味しています。

 この考え方は,チクセントミハイのフロー理論と根底で一致しています。チクセントミハイも心のエネルギーは有限であると考えていました。身体的欲求のようなすぐに消える「快楽」によって,私たちはエネルギーを使い果たしてしまいます。これに対して,フロー活動によって得られる「楽しみ」によって私たちは成長することができるので,エネルギーは浪費されず保持されることになります。このモデルが正しいかどうかはさておき,非常に魅力的な考え方だと思われます。


 以上が『幸せな未来は「ゲーム」が創る』の紹介となります。タイトルにあるように,マクゴニガルはゲームが現実を変え,私たちを幸福にするものだと主張しています。ゲームの可能性を活かすという考え方はゲーミフィケーション分野などで普及し,現在では当たり前のものになっています。新しいゲームデザインを検討する際にも参考になる点が多い本だと思います。

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