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『現代語訳 武士道』の紹介

 今回は,『現代語訳 武士道』(新渡戸稲造,山本博文訳,ちくま新書,2010)をご紹介します(以前,この本の書評を書いたことがあったのですが,それを載せていたWebサイトがなくなってしまったため,こちらに移すとともに,改めて書き直して公開しています)。


どのような本か

 本書は,日本人について伝えるために外国人に向けて書かれたものです。「太平洋の懸橋」たらんと志した,新渡戸稲造の著書『武士道』の現代語訳です。ご存じの方も多いと思われますが,著者の新渡戸は以前に5千円札の肖像になったことがある歴史的に有名な人物です。

 「武士道」という言葉は,私たちにとって馴染みのあるものです。日本人で聞いたことのない人はほとんどいなさそうです。しかし,武士道の真の意味について知っている人はあまり多くなさそうです(個人的には,言葉として何となくカッコイイというイメージはあります)。

 本書は,義,仁,礼,信,名誉といった,いくつかのキーワードに沿って解説が進められていきます。読者は,これらのキーワードから武士道の本質に迫ることができるようになっています。


二重の相対化が可能な古典

 日本語で書かれていますが,外国人向けに書かれたものであるという点に本書の特徴があります。この特徴のおかげで,一種の空間的・文化的相対化が実現されているといえるかもしれません。ここでいう「相対化」とは,自分が所属する内側からではなく,その外側から見ることによって,比較可能な形でものごとを捉えられるようになる,ということを意味します。たとえば,日本人は日本についておそらく最も詳しいですが,日本の外側にいる外国人が日本について日本人が思いもしなかったような意外なことに気づくことがあるといわれます。外国人は自分の国と日本を比較する(すなわち,相対化して見る)ことができるので,内側にいるだけの日本人には見えなかった意外なことに気づくことができると考えられるわけです。つまり,著者の新渡戸は「太平洋の懸橋」になりたいと志したような国際的な視点をもった人であり,日本を外側から見ることができたと考えられるので,日本人と日本文化を相対化して捉えることができていたのではないか,ということです。

 一方,現代に生きる私たちは,新渡戸の時代を時間的に相対化して見ることができるといえます。すなわち,その時代に生きる人にはわからないことを,私たちは別の時代から見ることによって,新しい発見をすることができるかもしれないということです。

 本書は,平易な文章で「武士道」について知ることができる解説書としてだけではなく,これまで述べてきたように,二重の相対化によって,日本人と日本文化の特性を探るための新しい視点を与えてくれる古典として注目されます。


 私は学部時代に,暇があったら今のうちに古典を読んでおいたほうがよいと何人かの先生方から教わったことがあります。それは,古典は時間が経っても残っているものなので読む価値があり,専門(仕事)に追われて忙しいときは読まないものだから,読むなら今だろうというメッセージでした。『武士道』は複数の言語で翻訳され,世界的なベストセラーになったことが知られています。魅力的な古典のひとつだと思うので,ここで紹介させていただきました。

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