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見えないバイアスと生きてる _1
東証一部上場企業のクリーンなオフィス内。出社しても挨拶をしない人間がほとんどで、ほぼ全員が魚のように死んだ目をしていて気味が悪い。
ここで数年生き続けていることに、我ながら驚きを覚える。
帰り際、エレベーターが来たので乗り込もうとすると、降りる人がいたので、私は
「あ、すいませーん!」
と言った。ダウンコートを着ながら。
たったそれだけだったのに、何かが気に入らなかったのだろう、
そのヒョロヒョロとしたパーマ頭の男は、すれ違いざまに斜めに伸ばした右手を口元に置いて、私に向かってこう言った。
「ヤバイ人!」
その男とは面識はなく、その男と一緒にいためがねの男は元同じチームだったのだが、その発言を聞いて、ただ苦笑するだけだった。そしてふたりは何もなかったかのように去っていった。
この会社に入ってから、幾度となく経験した、この絶望的な瞬間。
こういうことをしてくる人間は、ひとりやふたりではない。
私は典型的な内弁慶で、会社では基本的に静かに仕事をしている。私に肩書きがなく、会社内でパワーもないと踏んでの行動なのだろう。
こういった嫌がらせをしてくるのはひとまわり以上も下の、“顔”か“若さ”しか取り柄のないような女子がほとんどだったが、男がしてくるのはめずらしかった。
「あなたの会社、終わってますよ。全然ダイバーシティじゃないですよ」
ダイバーシティを謳う会社のトップに、何度メールしようと思ったかわからない。
でも私は知っている。そんなことしたらこちら側が蹴落とされかねないことを。
だから黙ってスルーするのが一番害が少ないのだ。
私は小さい頃から何かが人と違ったらしく、異人種のように扱われることそのものには慣れているのだが、ここまで悪意ある行為を露骨に見せてくる人種がいるのは、この会社が初めてだった。
今までは小さな事務所や、制作会社などが多く、だいたいの人はみんな優しく、フェアだったように思う。ついに上場企業に入れたと思ったらこれである。
上場企業なのにというより、上場企業だからこそなのだろう。
お金が中途半端にあると、人間の精神というのは平気で歪んでいく。
でも私は絶対に辞めない、と決めている。
辞めることは、負けなのだ。
家族と生きるために、私はここで働き続ける。
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