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Aldebaran・Daughter【執心篇3】燻る悔恨、手折ることなく

 空は暗く、吹雪で視界が悪い。
 三人はそれでも必死に前へ、前へと足を進めた。

「おい、兄貴!居たぞ!」
 青年の左側を歩いていた弟が前方を見て指差し、喜び、叫んだ。雪が薄く積もった石畳の上に、まだ息のある国王がうつ伏せの状態で、倒れている。
 治癒魔法を使えば、一命を取り留めることができるはず。三人は顔を見合わせて頷き、いままで以上に急ごうと足を進めた。


「君たち、良い所へ来たね」

「!?」

 男の声を聞き、立ち止まる。

 国王の右側に立っている彼は、先ほどまで自分たちと一緒に行動していた。はぐれてしまったのかと気になってはいたが、
 なんだ、先回りしてくれていたのか。青年以外は、安心の色を顔に浮かべる。


 男は隣りを見下ろし、憐れみの眼差しを向けて、微かに掠れたような声で優しい言葉を吐いた。

「捜していたのはこの人だろう?いいよ、ぼくが助けてあげる」


「間に合いましたね」
「!」
 青年の右側から、安心しきった女の声が聴こえた。
 二歳年上の彼女は温厚目をした男を善人だと、まだ信じている。


「もっと悠長に構えてても良かったんだな」
 左側からも、信じ難い言葉が口から出た。


(何を言ってるんだ、おまえたちは)

 青年だけが取り残されたように心を取り乱し、ショックを受けた表情で、彼女、弟の順に顔を見る。
 二人とも先へ進む気のない笑みを浮かべていた。


「!!」
 顔の向きを戻す。
 男は前に屈み始め、国王の右肩を掴もうと左手を伸ばしていた。

 展開を知っている青年の心拍数は上がり、呼吸が忙しくなる。


「やめろ……っ……、その人に触るなッッ!!」

 前方に向けて怒声を発した。


「何を怒り狂ってるんだよ兄貴」
「彼は、わたくしたちの味方ですよ?」

 左右から惑わそうとする雑音が聴こえ、顔を顰める。
 男の、両頬を隠すくらい伸びた髪から覗かせた金色の目と、左右に広がる口端。
 青年は右足を一歩、前に出した。
 一直線に向かって殴りかかる


     カチャ……


 つもりで、だったが。

 金属音が聴こえて足下を見る。
 刃を剥き出しにしたまま転がっている長剣。鍔が、履いてるブーツの爪先に当たっていた。


 国王の剣。


 何をすべきか咄嗟に思考が働く。青年は柄を掴んで拾い上げるとすぐさま男の腹部を目掛けて駆け出し、(間に合え!)(間に合え……!!)と、必死に祈りながら疾走。柄を両手で握り、構え直して勢いよく貫いた。

「ッ」
 憎しみをほとばしらせ、刃が見えなくなるまで剣を押し込む。
 男の上着が血で染まっていくのを見た青年は間に合ったことに今度こそ安心し、全身の力を抜いて瞼を伏せ、深い溜め息を零した。


「兄貴、大成功だな」
「未来は安泰ね、クリストュル」
 弟と彼女が、後方で喜ぶ。
 青年も正しい選択をしたと思った。


 雪が小降りになる。


「オリキスさん……」
「!!」

 青年は偽名を口にされて目を見張り、咄嗟に体を後ろへ退いて顔を見る。
 虚な目をして腹部と口から血を流しているのは、此処に居るはずがないエリカだった。


「ッ、なん、で」


 喪失感から血の気が引いて、体がふらつく。
 七年前の姿をしている青年は、地面に向かって横に倒れるエリカを見ることしかできなかった。





  *

    *


(……嫌な夢を見た)

 早朝。ベッドの上でオリキスは目を覚まし、上半身を起こす。上着の首回りに右手の中指を引っかけ、胸板が少し見えるくらい伸ばしてみた。体に張り付くほど、寝汗が染み込んでいる。


 寝間着と下着を脱いで浴室へ入り、浴槽に溜めておいた水を魔法で沸かしたら桶で掬い、左肩、右肩の順にかける。
 湯浴みを終えたあとは布で体を拭き、部屋に戻って、栄養価の高い木の実をふんだんに使った丸いパン一個と、薬草入りのおいしいとは言えないジュース一杯分で朝食を済ませ、魔法騎士用の装備品を纏い、外へ出た。


 潮の胃袋での探索を始めてから、今日で四日目。

「おはようございます」

「おはよう」

 玄関のドアを開いて顔を覗かせた明るい表情。エリカの家を訪れ、何も異変がないことにオリキスは安心した。

「失礼するよ」

「どうぞ」

 翼竜が使っていた部屋に入り、棚から目当ての書物を取り出す。これがなければ、火の妖精を召喚できない。

 エリカは先にドアを大きく開いて外へ出る。続いてあとから出てきたオリキスは左側に移動し、彼女から三歩分、距離をあけた。


(翼竜が産んだアルデバランの娘。
 僕の父を殺した男の娘。
 僕の大事な弟と婚約者に、世界の呪いを引き継がせた女の娘)

 今日は何が起きるか楽しみで仕方ないエリカは視線に勘付かず、矢羽根が顔を出している筒、弓、その二つを家の壁に立てかける。

「エリカ殿、そのまま動かないように」

 オリキスは玄関のドアを閉め終えた彼女の後ろに立ち、自分の左腋に書物を挟み込むと、両手でフードを綺麗に整えてやる。

「君は優秀な弟子だね。僕の言うことを素直に聞いてくれる」

「オリキスさんが優しいお師匠様だからです」

「よくわかってるじゃないか」

 ご機嫌なエリカの後ろ姿を見ながら、まどろっこしい遣り取りをよくまぁ続けていられるものだと自嘲気味な笑みを浮かべ、気長さに感心する。

「できた。出発しよう」

「はいっ」

 二人は、潮の胃袋がある岩礁地帯を目指して歩く。バルーガとは現地で落ち合う約束だ。


「……」

 オリキスは今朝見た夢の内容を、まだ気にしていた。
 森のなかを移動中、右側を歩いているエリカに尋ねてみる。

「君は織人の話を他者から聞いたと言っていたが、何処まで知っているんだい?」

「荒廃した世を救うはずの勇者たちが悪事を働き、人々を苦しめました。ところが」

 エリカは踏んだら痛そうな大きさの小石を一個見つけると立ち止まって拾い、草むらにポイッと投げて道端から除く。

「英雄たちが現れました。彼らは織人たちを懲らしめ、世界を救い、国々に平和をもたらしたのです。終わり」

 躍動感を付けて絵本の物語風に言う所がなんとなく可愛らしくて、オリキスは目元と口元を少し緩める。

「半分当たりで、半分は不正解だ。悪い人たちばかりではなかったよ?」

「知らないこと、教えて欲しいです」

 どんな話をしてくれるのかとエリカは笑みを浮かべ、子どものように食い付いた。
 オリキスは期待が込もった目を見て、優しい視線で返し、前に向き直る。


「僕が生まれ育ったシュノーブでは、国王が織人の一員だった。名前はヴレイブリオン・ヤシュ。家族、臣下、民のことを一番に考えて行動する、良心の塊みたいな人だった」

「……。オリキスさん、王様のこと敬愛してたんですね」

 頷く代わりに右手の親指、人差し指、中指を使って帽子の鍔を掴み、やや目深な位置にまで下げる。
 照れ隠しだと、エリカはすぐにわかった。


 当時、国々を混沌へ陥れた織人の一員にオリキスの父親であるヴレイブリオンも含まれていたが、彼は定期的に訪れる会合へ参加するたびに嘘の報告をおこない、上辺だけの仲間たちに睨まれて深手を負わされても、民の盾となって自国を守るために尽力した。


「…………」

 エリカは間を置いて静かに尋ねる。

「……王様は、どうなったんですか?」

「……。墓石の下に、骨が埋まっている」


 今朝見た夢のなかの映像。エリカの父親を信用せず攻撃していれば、別の結果を迎えることができたはずなのにという、七年前の後悔を映し出していた。


「僕はね、間に合わなかったんだよ」

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