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Aldebaran・Daughter【12】繭を破る蝶の反抗

「時間、空いてるかしら?」

 二日後の朝、集落の店に薬を卸したオリキスはその場でミヤに話しかけられ、ヒノエ新聞の事務局を訪れた。何の用事か、彼女は口にしない。
 玄関のドアを開くと合図のように、奥から酷い剣幕のアーディンが出て来る。大股歩きでずかずかと。

「オリキスくん。正直言って、君と会って話すのはツラいよ。けど、これだけは言っておきたい。島の人たちに、君と!エリカが!関係を持ってるなんて噂を広められるのは我慢できん!!」

 予想通りの展開に、オリキスは平然としている。

「何処かで聞き耳を立てていたのですか?」

「噂だよ!」

 鼻息を荒くして目を据わらせているアーディンに対し、オリキスは似非紳士の笑みを浮かべて怒りを煽る。

「エリカ殿は経験がない分、とても愛らしいですね。初々しい」

「なっ……!君は、ッ、婚約者が居ながら!」

 アーディンは激昂し、わなわなと肩を震わせる。

 我慢
 我慢
 我慢

 感情が赴くまま殴ってやりたい気持ちはあるが限界まで抑え、拳を力強く握って堪えるほうを選ぶ。我が子同然のエリカに嫌われたくないからだ。

 しかし、オリキスは容赦しなかった。

「彼女は承諾してます。いずれ、共に島の外で暮らすことになるでしょう」

「!!」

 戦慄が走る。アーディンは動揺し、右手で自分の口を覆い隠す。

「外……だと?やめてくれ、それは、言ったじゃないか!」

「覚えてますよ」

「だったら!」

 悲痛な叫びに、冷たい視線が向けられる。

「あなたはエリカ殿のご両親が、願いを代行してくれることを望んでいると思わないのですか?」

 真顔で質問されたアーディンは手を下ろして、視線を横に逸らす。

「出て行くまでのあいだ、濃密に愛を育ませていただきます。失礼」

 オリキスは軽く一礼し、背中を向けてドアノブを握る。
 反論できなかったアーディンは憤慨。口を大きく開けて怒声を放った。

「ッ、許さん!許さんからな!!」

「アーディン、落ち着いてっ」

 オリキスは屋外に出て、ドアを静かに閉める。

「居たのか」

 バルーガは島民から事務局に入って行く姿を見たと聞き、会話が終わるまで待っていた。

「……」

「……」

 二人はオリキスの家に着くまで、無言で歩いた。気まずくはない。互いの性格は理解している。
 ようやく口を開けたバルーガの第一声は

「悪趣味な奴」

 しかし、怒ってはいない。

「君まで噂を信じているのかい?」

 オリキスは畑の一部を耕そうと、家の壁に立てかけてあった鍬くわを持つ。

「おまえらじゃ不釣り合いだ」

 バルーガは積んである細い丸太を一本切り株の上に寝かせ、鋸のこぎりを使い、均等に切っていく。

「ちんちくりんには、もっと優しい男が似合ってる。オリキスは腹黒すぎんだよ」

「参考にしよう」

「するなっ」





*.





 僅かな時間差でエリカが事務局に顔を出すと、アーディンは陰湿な空気を撒き散らしながら、室内を歩き回っていた。

「おはようございます」

 エリカは今日も変わりなく、笑みを浮かべて挨拶。
 声を耳にしたアーディンは歩くのをぴたりとやめた。

「エリカ!」
「はいっ」
 反射的に背筋を伸ばし、即、返事をした。
 アーディンはテーブルの天板を強めに叩き、部屋の一番奥から怒りに満ちた目でエリカを見る。

「親代わりとして言う。あんな男はやめろ!婚約者が居るんだぞ!?遊ばれて捨てられるのがオチだ!」

 心配と不安に駆られているアーディンは焚き付けられ、相当アタマに来ている。
 宥めて安心させてもいいが、エリカは口裏を合わすよう、オリキスに言われていた。すべては不審者を探すためだ。

 どう返すべきか三秒考えて、人差し指を立てる。

「二番目でも気にしないよ?」

「どうして!」

(いや、どうしてと言われても)

 半ば遊ばれているが、オリキスとのあいだに恋愛感情は生まれていない。嘆かれることにはなって、はいる。口付け程度だが。

「オリキスさん、良い人だよ」

 にこっとしながら、まるで追撃するかのような言葉。本人に悪気はない。その分、アーディンはショックを受け、テーブルに両手を着いて俯いた。

「俺は、あの青年が怖いよ」

 ミヤが哀れんだ目でアーディンを見る。
 エリカの目にも可哀想な姿に映り、悪いことをしてると思ったが、

「ごめんね。私、信じてるの」

 止まっていた時間が動き出している。オリキスとバルーガが来島したおかげで。
 アーディンは、さらに落ち込んだ。

「君は、彼が誰とは知らないのに」

「うん」

 非情な返事だった。
 エリカは居合わせるのが気まずくて事務局を飛び出し、オリキスの家に行って合流することにした。

 二人は外に居た。
 バルーガは斧を手に、薪を割っている。

「急がなくて良かったんだぞ?」

「私のする仕事が、今日はなかったの。居ても退屈だと思って、早めに来ちゃった。一人で適当に過ごすから邪魔にはならないよ」

 薬草の苗を植え終わったオリキスは手袋を外して柵に掛け、歩いてエリカに近付く。

「エリカ殿」

「はい」

 オリキスはにこやかに笑ってるエリカの頭に、右手の手のひらを優しく乗せた。

「嫌な目に遭わせて、すまないね」

 泣かないように振る舞っていたエリカは察せられて、涙を呑む。
 アーディンは父親の友人だが、帰って来ないことを心配する様子はあっても調べに行くよと言わず、何をしているのか知りたいと言わせない空気を何処となく漂わせてきた。彼がオリキスを嫌がる理由も何かがあるからだと、疑ってしまう。

「親離れする時期が来たと思えば、なんてことはないです」

 傍で見ていたバルーガは幼馴染みの気弱な姿を見て、何とも言えない気持ちに晒された。

「それで、何かわかりましたか?」

「あぁ」

「口付けが無駄にならなくて良かったです」

 バルーガは薪を割り損ね、顔を蒼白にして混乱する。

「!!な、んだ、って!?」

「了解は得たつもりだが?」
「そうですね」

「おまえ、正気かっ!?」

 エリカは、ふんっと顔を横に向ける。

「誰とでもしないよ」

「もっと自分を大事にしろ!」

「してる」

 幼馴染み同士でぎゃあぎゃあと口論を始めたが、途中、涼しげに笑うオリキスの顔を見て、ぴたりとやめた。

「バルーガ、君にも手伝って貰おう」

「!」

「お二人で口付けするんですか?」

「もっと面白いことだよ」

 オリキスは調子に乗っているとき、面白いと言う。

 また何かに巻き込まれる。
 バルーガは嫌な予感がして、背筋を凍らせた。


(続く)

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