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Aldebaran・Daughter【17】嘲りが誘う深奥の懐へ

 夕方。
 バルーガはオリキスの家を囲っている柵の内側に立ち、遺跡で無し首族ノーネックと戦うことになった場合を想定した作戦会議を行う。

 --ベロドの墓場に居る類いと同じか?
 --特殊な技や魔法を使ってくる可能性は?
 --見た目だけで判断するなら、無し首族ノーネックのなかでもレベルは低い。
 --槍による物理攻撃を仕掛けて来るだろう。接近戦へ持ち込むには?

 標準型の情報は持っている。例外でも共通点はあるはず。
 油断は禁物だが、決して、最悪の敵ではない。


    ザッ...


 地面を踏む足音が近付いてきた。
 バルーガとオリキスは会話を中断して、同じ方向を見る。

「こんにちはっ」

 エリカだった。
 今朝と比べて、顔色は良くなっている。

「ミヤさんと和解しました。アーディンさんともそのうち、修復できそうです。ご迷惑おかけしました」

 エリカは満面の笑みを浮かべて、ぺこっと一礼。
 腕を組んだまま壁に凭れかかっているオリキスは「良かったね」と、笑みを向ける。都合の悪い言葉を植え付けられた様子がないことに安心した。
 バルーガは「泣きべそ掻いて戻るんじゃないかと思っていたぜ」と、敢えて口悪く言う。杞憂に終わったからだ。


「二人とも」

 オリキスが腕を下ろし、声をかける。

「明日天気が良ければ、試練の内容について話を聞きに行こうと思う。どうだい?」

「行きます」と、エリカは口元に笑みを浮かべて頷く。
「あぁ、いいぜ」と、バルーガも続いて同意した。





  *
    *


 深夜は大雨が降った。各々目を覚ましたが、自然のすることには抗えないからと諦めて、再び目を閉じて眠りに向かう。
 エリカはうつらうつらするなか(残念だな……)と思った。
 伝わる腕の温度に顔を預け、雨粒の音を子守歌に意識を渡す。






 朝。オリキスの家に集まった三人は、軽装でカコドリ遺跡を訪れた。
 夜明けを迎えた頃に、雨雲が消えたからだ。

「?」

 今日は賑やかな声が聴こえない。静かだ。隠れていたものが露になったかのように、遺跡本来のかたい雰囲気が漂う。
 オリキスは顔を動かして、子どもの姿を探した。
 エリカは垂れているロープを両手で掴み、慎重に登りながら説明する。

「雨の日って、滑りやすいでしょ?乾くまでのあいだ、子どもたちは来ちゃいけないことになってるんです」

「それは、誰が決めたんだ?」

 バルーガはつい疑ってしまい、咄嗟に自分の口を左手で塞ぐ。

(やべ)

 上の段に居るエリカはしゃがみ込み、見下ろしながら首を傾げる。

「?大人たちだよ」

「バーカーウェンには、約束を守れる子たちが多いんだね」

 二番目に上へ登ったオリキスが、口元に笑みを浮かべてフォローする。
 バルーガはロープを掴み(いいとこ取りしやがって、この野郎)と、心のなかで舌打ちした。





***


    -- ガコン……


 足下に注意しながら遺跡の扉前まで行くと、自動で開いた。

「へっ。いらっしゃいませってか」

 バルーガは鼻で笑い、軽口を叩く。
 三人はなかへ入った。

「!」

 自動で扉が閉まり一瞬暗くなったが、左右の壁に間隔をあけて付いている燭台へ白い火が灯され、自分たちの姿は勿論、何があるのかはっきり見えるようになった。
 オリキスは、近くに立っているエリカへ話しかける。

「昔見た物と同じかい?」

「はい。何も変わってないです」

 壁を背に翼を広げて、真正面を向いてる水鳥の造形。その下にある燭台の明かり。赤い火とは違う熱の種類。
 騎士になったいまだからこそ、バルーガも一目でわかった。
 あれは光術こうじゅつ。水鳥の巫女が得意とする世界の法。


「ヨグ、来ダ」
「!!」

 奥にある入口から無し首族ノーネックが姿を現し、軽快な足取りで此方へ向かってくる。槍は持っていない。

「ご、ごめんなさい。やっぱり気持ち悪い」

 エリカは嫌そうに表情を歪め、平然としているオリキスの背中にしがみ付き、顔を覗かせてそろっと見る。恐怖はある程度払拭できたが、本能がどう感じるかは別の話だったと自覚。


「試練の説明を聞きに来た」

 オリキスは四歩分の距離をあけて立ち止まった無し首族ノーネックに、此処へ来た目的を伝えた。

「イイゾ。オデ、約束ヤグゾグ、従ウ。ヨク聞ケ」

「……」

「最初ハ潮の胃袋しおのいぶくろデ、火の妖精ト戦エ。
 終ワッダラ底ノ階デ、水の蟹、倒ス。
 手ニ入レタ宝、天秤ノ上ニ置ケバ、目覚メノ鐘鳴ル。
 最後、遺跡。此処ノ中央デ、オデド勝負。
 モウ一度、説明、聞クカ?」


 オリキスは無し首族ノーネックの質問に答えるのを後回しにして、二人の顔を見ながら尋ねる。

「この島には、潮の胃袋というものがあるのか?」

 エリカは背中から手を離し、真面目な顔で、
「北の岩礁にある渦が、そう呼ばれてる」と、答えた。

「入口はあるのかい?」

「朝陽が昇る前に現れて、夜には消えます。不気味がって、みんな近付きません」

「試しに、針でも垂らしてみるか?」と、バルーガ。
 オリキスとエリカは声を合わせて「賛成」と言う。

「問題ない」
 オリキスは無し首族ノーネックに向かって答えた。


「ワカラナクナッダラ、マタ歓迎」

 無し首族ノーネックは背中を向け、奥へ戻って行く。何処となく機嫌が良さそうだった。



 三人は円になる。
 オリキスは、戦いに関して知識と経験のあるバルーガを見て口を開いた。

「試練のメインになる相手は何か判明した。道具を揃えよう」

「まずは武器だな。オレとあんたは持ってるが……」

 二人の目が、ちょこんと立っている一人の女の子に向く。

「?」

「エリカ殿。家に、弓はあったね?」

 バルーガとオリキスの武器は剣。接近戦は強いが、敵に足場のない高所へ逃げられてしまったら、物理では不利になる。つまり、小柄なうえに羽を使って飛び回る妖精とは相性が悪い。
 剣技や魔法剣を使えば、遠距離攻撃も可能だ。と言っても、詠唱と集中に時間を使っているあいだ、動きを止めてくれるパーティメンバーが居てくれたら助かるのが本音。

「置いてあります」

「使えるのだろう?」

「はい」

「念のため、どれくらいの腕か見てみたい」

「わかりました」

 敵の弱点を狙って属性付与エンチャントすれば、攻撃力を上げれる。的に当たればいいのだ。

「防具は、君、確かイ国で売ったよね?」

 オリキスは指摘したつもりではなかったが、バルーガは「ゔ」と、顔を顰めた。

「必要になると思わなかったんだよ」

「責めてはないよ。エリカ殿の分も合わせて材料を書く、揃えてくれ。島に鍛冶屋は居たね?」

「うん」

「どんな物を作って欲しいかは、僕が同行して直接説明する」

 バルーガはオリキスに「あとは?」と、尋ねる。

「渦の表面だけでも見ておきたい」





 三人はエリカの家に寄ってから、磯の香りが漂う岩礁地帯へ行った。
 海辺と無縁の生活をしてきた男組は歩き難いでこぼこ道に慣れておらず、足下に気を取られる。おまけに節足動物の生息域というのもあって、あまり良い気がしない。無し首族ノーネックの見た目を嫌がるのに、海岸に住んでいる虫は平気?……難解だ。などと思われてることに、先頭を行くエリカは気付いていない。

「あれだよ」

 エリカは岩礁のなかにある池を右手で指差す。
 真ん中で穏やかに巻いている渦の直径は、立ってる大人を二人、横に並べたくらい。
 もっと近くで見れば、より詳しく確認できそうだが、脚を入れようにも水深があって無理とわかり、やめておく。

 池そのものは海水が溜まっているのか、
 下で海と繋がっているのか、
 何が生息してるのかも、上からでは目視できない。
 エリカは背丈の三分のニある長さの釣り竿を両手で持ち、予定通り、針の付いた糸を垂らしてみる。渦に回されてしまうと思ったが、すう、と入っていった。


「オリキスさんって、泳げるんですか?」

「さあ?」

「さあって?」

 バルーガは不思議がってるエリカを見て、理由を教える。

「シュノーブは雪国。水が冷たすぎて泳げる場所がねぇのさ」

「そうなんだ?暇なときに泳ぎ方を教えてあげれ……、ば」

 竿を縦に、くいくいっと動かしたら、針に何か引っかかった。

「んッ。重い?」

 両手と足の裏に力を込めて上半身を僅かに後ろへ逸らし、釣り上げる。

 砂色が混在している灰色のクラゲ。
 頭に被れそうな大きさだ。

 陸へ降ろしてみると動きは鈍く、表面はぷるんとしている。
 バルーガは特に驚かず、
「石油クラゲか」
 と、言った。
 オリキスも冷静だ。
「火炎系は危険だな」

「???」
 エリカだけが、ちんぷんかん。

 オリキスが説明する。

「ペトロール・ジェリー、通称・石油クラゲは、火に触れると爆発する魔物だ。破裂した瞬間に油が飛び散って、足下が滑りやすくなる。服に着けば引火しやすいのも特徴でね。氷魔法で固めて叩き割るか粉砕させたほうが、物理攻撃よりラクに倒せる」

 エリカはしゃがみ込んで釣り竿を横に置き、両手で石油クラゲペトロール・ジェリーを引っ張り、延ばそうと試みたが、思いのほか弾力はある。

「千切って燃料にするのはどうですか?」

 オリキスは目を丸くした。

「発想が大胆だな」

 バルーガは、
「それが可能なら、水の蟹と戦うときの弾薬になるんじゃねぇの?」
 と、提案。

「切っても大丈夫か、僕にはわからない」

 エリカは革のベルトに提げている鞘からナイフを取り出し、石油クラゲペトロール・ジェリーの頭部分に、ぐさっと刺す。

「液は出ないんですね」

 バルーガとオリキスは固まった。

「……」
「……」

 エリカは石油クラゲペトロール・ジェリーの一部をザクザク切り取り、革の手袋越しに、手のひらに乗せた。口のなかに入るくらいの大きさになったそれはまだ生きていて、ぷるぷる動く。

「小さいと、火力を抑えれるんじゃないですか?」

「……」
「……」

 エリカは立ち上がると、切り取った分を海上に向かって放り投げ、蝋燭に灯す程度の詠唱しなくてもいい火魔法を使って燃やした。海面近くでパン!と音が鳴り、辺りに響く。


「……爆発したね」

「だな……」

 オリキスとバルーガは無表情になっていた。
 石油クラゲペトロール・ジェリーをこのように扱う人物は見たことがなく、例もない。

 エリカは振り向き、にっこり笑う。

「どうですか?」

 散った油は滴程度で済み、爆発したと言っても爆風は発生しなかった。


「……。うん、使えるには使えるね」

 オリキスの目は笑っていない。

(親譲りだな)

 感心はするが、危なっかしい。

「エリカ殿、魔物によっては反撃カウンターをしてくる。迂闊に攻撃せず、出方を見たほうがいい」

「はいっ。気を付けます」

 バルーガとオリキスは、やれやれと思った。


「……次。彼処まで、どう行くかだね」

 三人はまた渦を見る。

「木材で足場を作るってのは?」

 バルーガの案にオリキスは頷く。

「そうだね、試す価値はある。駄目だったら、また考えればいい」


 三人はエリカの家に移動した。潮の胃袋を攻略するまでのあいだ、寝泊まり以外は、此処を拠点に活動しようとの話になった。
 オリキスはエリカの両親が使っていた部屋にある書物のうち一冊を開き、防具に使う材料を紙に書き写してバルーガに手渡す。
 エリカには、回復薬を作るための材料を一緒に採取して貰うことにした。










 その頃、仕事を一つ終えて新聞局へ戻ってきたアーディンは玄関先で気配を感じ、立ち止まる。
 屋根の上から見下ろしているヌシと目があった。

「……睨まないでくださいよ」

 アーディンは、疲れ切ったような苦い顔をして話しかけると前に向き直り、ノブを掴んでドアを開ける。

「あなたの思い通りです。全部ね……」

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