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Aldebaran・Daughter【執心篇1】瞼を閉じて淀みの花を啄む
遺跡で話を聞いてから、九日目の朝を迎える。
最低限の防具は揃った。
エリカには鎖骨の辺りから腹部までを防御する胸当てと、肘の手前まで長さのある手袋を。
バルーガには見習い騎士に支給される物と遜色ないベスト、ブーツ、ガントレットの三点セットだ。
どれも革製だが、耐久性はまずまず良い。
オリキスは追加で、エリカが履いているブーツとバルーガの新品ベストに、妖精語の呪文を縫い付けることにした。魔法攻撃を受けてもダメージを軽減できる効果を付与するために。
「魔法騎士っていう職業は、特殊なお裁縫もできるんですね」
針の形に削って強度を上げたキララの茎を使い、薄水色の太い糸を器用に通していく作業。エリカはテーブルの上に突っ伏し、オリキスの手元を尊敬の眼でじーっと眺める。
「魔術技師と、呪文刑吏の資格を所有してればね」
「ソーサ……クラ?……ワーミー?」
初めて聞く言葉に、エリカは上半身を起こした。
オリキスは小さな笑みを浮かべ、先生気分で質問する。
「魔法や魔術は、どれくらい長持ちする?」
「放ったら終わりですよね。火魔法だと何かに燃え移っても、一定時間で消えちゃう」
「その通り。魔術技師と呪文刑吏の合わせ技を使えば、魔力を込めた物質が完全に切れない限り、使用者に影響を与え続けることができる」
「有効期限は?」
オリキスは縫い付け終えたブーツを手渡す。
「あるよ。保管状態が良かったり材質の良い物は十年、二十年経っても衰えず、安定した効力を発揮する」
エリカはブーツを受け取り、色んな角度から糸を見た。
「粘着質な人が多そうですね」
「笑えない感想を有難う」
欠片程度だが、近くで会話を聞いているバルーガはオリキスから時折り滲み出るようになった黒さの理由を知り、(なるほどな……)と、思った。
椅子から立ち上がり、背伸びする。
「トイレ行って来る」
バルーガが外に出て、二人きりになった。
「……ありとあらゆる学びに手を出したことは無駄にはなっていないけれど」
オリキスはテーブルの上で仰向けになっているベストを左手で掴み、手元に持ってくると、少し気落ちした声で言う。
「肝心な部分では、役に立たなかったよ」
「…………」
自分の身を守るために使っても、呪いを解くための研究には使うなと周りに強く止められた。
魔術技師、呪文刑吏の資格を取得したい者は何かしら果たしたい目的があってその道を選び、堕ちることが屡々ある。危険因子は資格を剥脱され、最悪、魔力を搾り取られて封印されてしまう。どんな立場であっても許されない。
オリキスは言うことを聞くしかなかった。
歯痒かった。
(虚しいもので、希望に縋るしかできない。情けない男だ)
エリカに視線を向けると目が合う。
翼竜の子ども、アルデバランの娘。
世界が与えた呪いを切れる唯一無二の希望。
オリキスが島へ来た理由。
エリカは椅子に座った状態で、ブーツに左脚を入れながら言う。
「私、島の外へ出れるように頑張ってみます。オリキスさんみたいな度胸はなくて優秀じゃないですけど、不可能を可能にすることはできるって証明したいから」
エリカなりの慰めと前向きな決意に、薄暗い喜びの花が心奥で咲く。
「……そうだね。一人では無理なことも、一緒なら希望が見える。協力するよ」
穏やかな声と笑みで返すと、もう片方のブーツも履き終えた彼女は顔を見て柔和に笑った。
(君のことは大切にする。優しく優しく包んで、何が嫌かを忘れるくらい穢すね)
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