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Aldebaran・Daughter【閑話】変容する眼
渦の下見を終えた日の翌朝。オリキスはエリカの家で、二人に回復薬の作り方を教えることにした。
三人は台所へ集まり、道具と素材をテーブルの上に並べる。
「君のご両親に感謝だね」
「お役に立てて嬉しいです」
バーカーウェンにある素材を使った回復薬の調合レシピも、翼竜は書物に残してあった。
『これを読めた君は、資格のある者だ。
何の?と。
わかっているだろう?』
早く遺跡の試練に合格し、その先へ進めと言わんばかりの言葉を添えて。
オリキスは、手のひらの上で転がされてるような気がした。
【用意した物】
・薬草
モルゲンゾンネの草 回復効果 中
・種
快癒のタネ 回復効果 小
・果実
タリベリー 鎮痛効果 中
アヤスナの実 鎮痛効果 小
ミゾレ涙 鎮静効果 小
エリカは木製の乳鉢と乳棒を使って、快癒のタネを細かくなるまで砕く。オリキスはローラーを前後に動かし、石臼でモルゲンゾンネの草を磨り潰す係り。バルーガは果実の皮を手で剥き、深皿に入れ終わったら布で鼻と口を覆い隠し、屋外でタリベリーのみ小鍋で煮詰めることに。
「…………ねぇオリキスさん、何とかならないんですか?外のアレ」
エリカは作業を中断し、右手で自分の口と鼻を覆う。
「無理」
オリキスは眉間に皺を寄せて即答。機嫌が悪い。
臭いは風に乗って、家の隙間から入り込んでくる。微かでも強烈だ。小虫が失神して落ちるくらいに。
バーカーウェンにおけるタリベリーの用途は防虫駆除。家のなかで炊き、害虫を追い出したり駆除したいときに使う。
熟すと甘いが、まだ若いうちは腐った味がする。
(試されてる感が強い)
書物を初めて読んだときにエリカの父親を奇人変人だと思ったが、性格の悪さも相当なものだと、改めて感じざるを得ない。腹立たしい。自然とローラーを動かす手に力が籠もる。
*
下準備が終わり、分量をはかって調合。粒状に小さく丸めれば完成だ。
「味見してもいいですか?」
「いいよ」
エリカはオリキスに許可を貰ってから、薄茶色の丸薬を一粒摘み、口のなかへ入れた。
作る丸薬は三種類。
苔を連想させる緑色は、体力を大回復する。
毒々しい青紫色は、体力を中回復。
薄茶色は体力と魔力の両方を、小回復してくれる。
「……」
噛んでみて、やはり見た目通りとわかる。
エリカの口元は笑みを浮かべたままだが、目は死んだ魚と同じになっていた。
「精神がダメージを食らいました」
「慣れだよ。それに、味わうものじゃなくて飲み込むものだし」
「……。好みの味に変えることは可能ですか?」
「おまえはガキかよ」と、バルーガは調合した物を素手で丸めながら呆れ返る。
眉尻を下げるエリカにオリキスは「はは……」と、苦笑いを溢した。
「混ぜる物次第では別の効果が現れて、マイナスに働く場合がある。我慢してくれ」
「……。はい」
エリカはしゅんとするも顔に出さず、再び丸薬作りに取りかかる。
オリキスは手を止め、ちらっと見た。
「どんな味をご所望だい?」
「ッ!」
エリカの目に光が戻った。少し興奮気味に、好きな果実と花の蜜の名前を伝える。
「……」
バルーガは作った丸薬を浅ザルの上に並べながら、二人の遣り取りを静観。
(オリキスが本気になったところで、ちんちくりんをその気にさせるのは難しいだろうな。彼奴のスルー能力値は高い)
エリカと自分にはもう一人、仲の良い幼馴染みの少年が居た。名前はヒース。顔が良く、勉強はできて、運動神経はイマイチだった。
彼はエリカに好意を抱いて必死にアピールしたが悉く失敗に終わり、恋愛対象に見られないまま失恋を迎え、本土へ引っ越した。
せめて供養はしてやろう。
バルーガは帰省後、オリキスが居ないときにエリカへ話した。
「ヒースはおまえを、異性の目で見てたんだぜ?可哀想に」
すると--。
「知ってた。でも、興味ないから」
淡白な返しにバルーガは驚いた。
「恋したら、好きって感じる何か特別な気持ちが湧いてくるんでしょ?」
憐れみのない大人の意見に、またもや驚かされる。
オリキスもいずれ、白旗を上げるだろう。
*
*
*
翌々日の夕方、オリキスはエリカの家を訪ね、玄関前で説明する。
「味がしない半透明の練り物に君の好きな味を混ぜ込んで、丸薬を包んだ」
エリカは差し出された小さい布袋を、両手で受け取る。
「有難うございます」
「戦いは君の命にも関わることだからね、回復効果が一割落ちる程度の量しか入れてない。理解してくれ」
「自分の体で試したんですか?」
「あぁ」
エリカは、わたわたする。
「ご、ごめんなさい、そこまでしてくれるなんて」
「味見してくれるかい?」
「はい」
紐を緩めて布袋を開ける。全部で三種類。色が二層になってて可愛い。
「では、有難くいただきます」
甘い匂いがする。作業していたときの嫌な臭いはしない。期待できる。
エリカは布袋に指を入れ、薄赤色の丸薬を一粒摘んで取り出し、食べてみた。オリキスは「飲み込む物なんだけどね」と、心のなかでツッコミを入れる。
「……」
案の定、噛んだ時点でエリカの表情と雰囲気が暗くなる。
飲み込んでみてほかの味も試したが、やはり組み合わせが悪く、丸薬特有の味を相殺できなかった。
オリキスは、失敗に終わったことを気にしていない。
では、何のために作ったかと言えば、
エリカがアルデバランの娘に変化する兆候が現れたとき、回復薬の味如きで解けることがあったら?と、想像したからだ。
「味わうのは、もうやめにするんだよ?」
「はい」
諦めてくれて助かった。
「……?」
ふと、オリキスは懐かしい匂いに気付き、目を丸くして顔と視線を僅かに上げた。
「試作品ですけど、食べて行きますか?」
エリカに招かれて家のなかへ入る。匂いはさらに濃くなった。
彼女は調理場に立ち、作った物の一部を大きめの木製スプーンで掬い、小皿に盛るとテーブルの上に置いた。
グラニッタである。オリキスが生まれ育った国では定番の一皿。
小麦、牛乳、茸、鶏肉、玉葱、チーズを使った料理。栄養価は高く、濃厚な味は子どもにもウケが良い。
エリカにはシュノーブの料理について話したことはあったが、作ってくれるとは思っていなかった。
席に着いて木製のフォークを差し込み、口のなかへ運ぶ。まだ温かい。
食べ慣れた味とは違うが、これはこれで。
「……おいしい」
驚きと感動が混じった声に、エリカは表情を緩める。
「……」
シュノーブに生まれてからずっと、オリキスの食事は腕の良い料理人が担当してきた。
おいしくて当たり前。
完璧な味。
そこでは、家庭的な料理が出ない。
親の味を知りたいと思ったこともない。
旅をしてるときに宿屋で出された食事は手料理だったが、客向けの味付けと盛り付けだった。
バルーガの家で食べた物は家庭の味。家族のために作ってきた物。
エリカは、オリキスのために作った。
「……もう少し、いただいてもいいかな?」
「好きなだけどうぞ」
「有難う。一緒に食べよう」
誘われたエリカは快諾。食器を用意する。
心休まる時間。
食後は二人で食器を洗う。
それが終わったら、あとは帰るだけ。
オリキスは玄関先で、了承なくエリカを前から抱き締めた。痛くないように加減はする。
エリカは一瞬驚くも、背中に手を回して応えた。
(暖かくて気持ちいい…………)
再び遺跡へ行こうと話をした、あの日が始点。
バルーガは親にお使いを頼まれているからと言って訓練を早めに切り上げ、先に帰った。
じゃあ私もとエリカは思ったが、オリキスに名前を呼ばれてジッと立つ。
「失礼するよ」
オリキスは一歩分の距離をあけて目の前に立ち、左手でエリカの前髪をかき上げ、右手の手のひらを額へ優しく当てた。
「……」
「……」
「……熱いな」
「!明日までには治り、、、ま」
エリカは鼻がむずむずし、自分の口を両手で押さえ、っくしゅん、と、くしゃみを出す。
「疲れが出たのかもしれないね」
オリキスは手を下ろし、門まで歩きながら、
「風邪薬、飲んだほうがいいな。こっちにおいで」と、言う。
手招きされたエリカは戸惑った。
「でも、感染ったら」
「そのときは僕も服用する。早く」
「……はい」
言われるがままなかへ入り、居間の壁際に置いてある椅子へ座る。
オリキスは棚に並べてある硝子製の小瓶を一本持って、エリカに渡した。
明るい緑色の液体薬。
蓋を回して飲むと、蜜を溶かしたような甘い味が口のなかへ広がった。
「一晩、看るよ」
「オリキスさんの寝場所は?」
「君を抱き締めて眠ればいい」
「……」
疑いの眼を下から向ける。
オリキスは薄い笑みを浮かべた。
「口付けはしないよ」
「わかってます」
「して欲しい?」
「違います」
あぁ言えばこう言う。何が何でも帰す気がないようだ。
「もぉ。強引ですね」
エリカが肩を竦めて笑みを浮かべると、オリキスは空いた小瓶を受け取り、微笑む。
(不本意にも、ドキッとしちゃった)
オリキスが寝間着に着替えているあいだ、視界に入らない場所でエリカも着替える。渡された長袖の服は、体をすっぽり包んだ。
(!緊急事態)
太腿は辛うじて隠れた。しかし、胸の表面を覆える肌着がない。これでは……。
「…………」
エリカは右手で上着を掴み、胸元を見て無心になる。
(女性の体くらい、見慣れてるよね?)
裸だったとしても相手は大人だ。恋愛経験者だ。
エリカは(気にするほうが意識しちゃってるみたいで変だ)と思い開きをして、堂々と姿を見せに行く。
「着替えました」
「」
オリキスは一瞬、一秒未満、胸に視線を留める。
「……。寝室へ行こうか」
「はい」
お互いに冷静沈着を維持できてる、そんな思い違いを起こしたエリカは(ほらね。やっぱり気にされなかった)と勝手に安心し、後ろを付いて歩く。
案内された部屋は、五人が雑魚寝できそうな広さ。剣が収まった鞘、魔法騎士の服、何かの液体を並べた背丈ほどある棚、そのほか色々置いてある。
「君は横になっててくれ」
エリカは指示された通り、窓際の側にあるベッドに近付き、薄掛け布団を捲ってなかへ入る。
オリキスはマッチを擦って燭台に火を灯し、ほかの部屋の明かりを消して戸締まりを確認してから寝室へ戻った。
布団を捲って入り、体を寄せて温もりを共有する。
「腕枕してあげるよ。頭を上げてごらん」
オリキスは左腕を枕にし、背中を向けて横たわっているエリカの左手を仰向けにすると自分の右手を上から重ね、指を絡めて繋ぐ。
「暑いと思うが、汗を掻いて体温を下げたほうがいい」
背中に彼の前身がくっ付く。
(……オリキスさんも、男の人だっけ)
借りた上着の裾が捲れ、お尻の辺りに、布越しに下半身の膨らみが当たった。
手のひらが、じわりと汗を掻く。
二人の汗が交わる。
それでも、深く意識しない。したらいけないことをエリカは冷静に自覚している。
(……寝た?)
頭の後ろから、落ち着きのある呼吸が聴こえる。
伝わる温度が心地良くて、エリカは段々眠くなってきた。
オリキスは寝息を確認し、目を閉じる。
(可笑しな話だ…………)
腕のなかに居る存在を、どうしようもなく愛しく感じた。
あの日から、冗談では済まない感情に取り憑かれてしまうことがある。
グラニッタを食べて満足したオリキスは家に帰り、水を沸かして風呂に入った。
もしもエリカに
身寄りが居ないからと、自分の寂しさを和らげたくて親切にしてくれるのかい?と微笑んで尋ねたら、きっと泣かせてしまうだろう。
「……嫌な気分だ」
想像した。目元を腫らして大粒の涙を落とし、引き裂かれたように悲しむ姿を。
心が痛む。
目を細め、鼻先まで浴槽に浸かって考える。
シュノーブへ帰ったら自分で家事をすることは、まずない。使用人がする。
結婚したあとは、エリカが与えてくれた優しさを、温もりを、定期的に思い出す日が来るだろう。
エリカを娶るまだ見ぬ男は、幸せになるはずだ。
それを、羨ましいと思う。
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