【童話風物語】月の鏡と迷子の天使【短編】
※商用作品の候補(納品時は大まか)の1つでしたが、別の作品を選んでこちらをボツにしました。いつもと違うストーリーの雰囲気を、絵本を読むみたいにお楽しみください。
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愛に満ちた天国は、喜びと微笑みの揺り籠。約束された安寧の空間。
そこでは神様に選ばれた天使たちが、幸せな日々を過ごしています。
なぜならみんな自由に生きていて、みんなに肯定されるからです。
彼女は例外でした。
瞳に張り付く平穏は、孤独の冠を授かった地獄。
与えてくれる無償の優しさは欠陥品。
疑問の螺旋に返事はありません。
彼女の仕事は、花を育てることでした。
自ら育てたアネモーネが咲くと、気が済むまで踏み荒らします。
命を粗末にする悪い行いでした。
けれど、仲間は誰ひとり咎めず許します。
彼女は反抗して何度も繰り返しました。
咲いては踏み、咲いては踏み。
それでも仲間は笑顔で許し、愛を口にします。
「わたしたちはあなたが好きよ」
「どんなあなたでも愛してるわ」
彼女は求めなくても与えてくれる優しさに、いつも、いつも、疲れました。
ーー ゴォオン ゴォオン
ーー ゴオォン……
鐘の音が天国中に響くと、彼女は背中の翼を広げ、飛び立つ準備をします。
「今日も行くの?」
仲間の問いかけにうなずきます。
「ええ、毎日してることだもの」
「気をつけてね」
彼女は鐘の音を合図に、灯台を見に行きます。
天国で唯一、夜が訪れる場所があるからです。
仲間はみんな怖がって近寄りません。
闇を見ると怖くて、足が竦むからです。
仲間が避ける理由は、もうひとつありました。
灯台の光は動きが速く、目で追っても、捕らえることができません。
光は生命。
生命は刹那。
自分の心がどの位置にあるのかわからない不安を、見透かされているかのように感じるのです。
彼女は不安を愛し、手を組んで祈ります。
いま在る幸せのカタチが滅びますように。
違和感を拭えない、繰り返しの毎日が終わりますように。
淀んだ悲しみが、どこにいるかわからない神様へ届きますように。
彼女の気持ちを、神様はずっと前からお見通しでした。
神様は彼女の背中より遠く離れた所から灯台に手のひらを翳し、光を掴んで消したら、懐からボール状の小さな月を取り出します。
天高く投げると月は夜を吸い込み、空を白く塗り替えました。
彼女は絶望します。
夜を奪われ、目から涙がこぼれます。
月は彼女を見下ろして同情し、
人の姿に輪郭を変え、彼女の所へ飛んで行きます。
月は彼女を抱きしめ、心を通してささやきました。
「あなた自身が夜になればいい」
月は彼女の前に両手を差し出します。
夜を吸い込んだボールが、手の平の上に乗っています。
星が瞬く、美しい夜のボール。
月はこれを呑み込むよう、言いました。
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ボールの大きさは、口を開けたときの大きさと変わりません。
彼女は恐る恐る受け取り、思い切って、言われた通りにしました。
空気を呑み込んだように、息を詰まらせることなく、ボールが喉を通ります。
彼女の美しい金髪と白いワンピースが真っ黒に染まり、
瞳は夜の色に塗り替わりました。
天使特有の白い翼は焼け落ち、黒く焦げ、
炭になって消えます。
月は天使だった彼女の似姿へと、変わりました。
彼女は驚いてたずねます。
「あなたは神様?」
天使はみんな、神様に会ったことも、見たこともありません。
月は彼女の望みを裏切りたくなくて、嘘を吐きました。
「はい」
彼女は興奮しました。真実の優しさと愛を受けて、
似姿に、
神を見出した気になりました。
本物の神様は、様子を見ることに決めます。
「もうここに用はないね」
彼女は月に誘われて下界に降ります。
ざわざわ、ざわざわした街中。
巨大な人工物。丸い輪を足にして動く箱。
行き交う人間たちの目に、ふたりの姿は映りません。
彼女は感動しました。
待ち合わせ場所に遅れてきた男性を許せなくて、いっしょけんめい怒る女の人。
泣き喚く迷子を見つけ、オロオロする警察官。
ネットに依存し、引きこもっているけれど、幸せそうに笑っている学生。
喜怒哀楽で入り乱れた人間たち。
理性を失った本能の動き。
彼女のなかで、感情が満たされていきます。
けれど、別の国へ移動したら、目の前に広がる光景は酷いものでした。
銃で撃たれた子どもを抱えて泣く親。
死体を踏み付けて走る兵隊。
家は燃え、
道は壊れ。
銃撃の音と悲鳴が、あちらこちらから聴こえます。
戦争と貧困が在りました。
彼女は胸を痛めます。
「神様、あなたのチカラで、苦しんでいる彼らを助けてくれませんか?」
月は言います。
「幸せが滅べばいいと望んだのは、おまえのはずだが」
彼女は首を左右に振ります。
「私が望んだのは喜びと楽しさ以外に、怒りと悲しみの放出を許され、肯定される世界。
この悲しみは違います。
あなたが動いてくれないのであれば、私は元の姿に戻って彼らを救いたいです」
彼女の訴えを、月は拒みました。
「おまえの心が戦争をしている限り、終わらないよ」
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月は言います。
「助けたいなら、天国に帰って幸せに暮らすことだ。
天使のおまえが幸せに暮らすことで、人間たちを幸せにできる。おまえの大切な仕事だ」
しかし彼女は、偽りを感じてやまない元の天国へ戻りたいとは思えませんでした。
「おまえにしかできない」
月は言葉を強めましたが、彼女はうなずきません。
月は手を翳し、いいえばかり言う聞き分けのない彼女から夜を吸い込んで、奪い返しました。
見ると、夜を失った黒でした。
ボールはヘドロのように悪臭を放ち、手から溶け落ちて流れ始め、
地面に広がり、
景色を黒く、空をも黒く染めていきます。
彼女はボールが溶けきる前に奪い、再び口のなかにボールを入れて呑み込み、
大きな狼に変身すると、「チカラを貸せ!」と月を追いかけます。
月は慌てて逃げました。
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円空が泣き喚く
雲の屏風は裂けて雷が悲鳴をあげる
オートクチュールの闇を纏う狼の足音
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月が目を覚まします。
木々が嗤っていました。
逃げおおせた天国は、今日も平和です。
月を見つけた天使はみんな、新しい家族を見つけたように、
「いらっしゃい」
「ようこそ」
「仲良くしてね」
無償の優しさで歓迎します。
誰も、彼女のことを言いません。
誰も、彼女がどこへ行ったか知りません。
神様は月に、欠けている一枚の鏡をプレゼントしました。
鏡の向こう側で、相変わらず戦争は続いています。
狼の姿をした彼女は泣くように吠えていましたが、人間たちに彼女の不幸は見えていません。
夜しか知らなかった月にとって、天国は
眩しく、明るい世界でした。
もの足りない世界ですが、ふたたび向こう側へ戻ろうとは思いませんでした。
月はクローゼットの引き出しに、鏡を入れています。
時々、自分自身がどこにいるのか知りたいとき、見るためです。
「あなたの光は今どこにある?」
神様からの問いに、月は答えます。
「闇のなかの心にある」と。
おわり
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