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Aldebaran・Daughter【16】遮音は千切れる前に(後半)

 バルーガは、キララの森にあるエリカの家に案内された。


「あ、おはようございます」

 玄関前でエリカと出会す。彼女は口元に笑みを浮かべて二人に挨拶。左手には赤色、黄色、ピンク色で揃えた小さな花束を持っている。

 まさかちんちくりんが翼竜なのかとバルーガは面食らい、オリキスを壁にして後ろのほうから様子を窺う。

「ミヤさんが昨日大怪我をしたって報せが、今朝入って。これからお見舞いに行くところなんです」

 エリカは眉尻を下げて苦笑いを浮かべる。会いに行くことで、ミヤを不愉快な気分にさせないか不安なのだ。


「大丈夫かい?」

「心配ですよね。転んだとき、体を強く打ったらしいです」

「君が」

 そこでようやくオリキスが自分のことを気遣ってくれているのだと知り、柔和に笑う。

「有難うございます。雰囲気に堪えれそうになかったら、またお邪魔するかもしれません。いいですか?」

「僕たちは家に居るかわからないけれど、気にせずおいで」

「はいっ。では、行ってきます」

 逃げ場所がある安心感。エリカは敬礼しながら、明るく笑って見せた。
 一人、たったったと走ってミヤのもとへ向かう。

 バルーガは複雑な気分だった。彼女は昨夜、何があったか知らない。
 知らないとは、恐ろしいことだ。



 オリキスは玄関のドアを開けて、先に家のなかへ入る。

「ちょっ、勝手にいいのかよ?」

「許可は貰ってる」

 バルーガは(いつの間に)(いや、いつからだ?)と驚きながら続いて入り、此処に住んでるかのように部屋の位置を把握して進むオリキスの背中を、不審者を睨む目で見ながら歩く。


(そりゃミヤさんも怒るよな。エリカもエリカだ)


 年頃の幼馴染みが、他所から来て間もない男の出入りをこうも簡単に許してる事実に頭が痛くなる。早い段階で気付いていたらキツく注意していた。


「此処だ」


 部屋に入ると誰も居ない。
 オリキスは棚に並んでいる書物のうち、丁度目線の高さにある一冊を取り出す。バルーガはそれを左手で受け取り、右手で最初のページを捲った。


「なんだこりゃ。ぐちゃぐちゃで読めねぇ」


 ページを次から次へと捲ってみる。使い慣れてる共通語と知らない言語を組み合わせた文章ばかり。虫食い穴とは違うのに、文字はあるのに読めない。
 手描きの挿し絵--動植物、道具らしき物、景色などを頼りに内容の想像を試みたが、やはりわからず、首を傾げる。


「エリカ殿の両親が書いた物だよ」

「暗号?」


「大型の魔物をラクに殺せる罠の仕掛け方。
 オリジナルの魔法が、どれくらい殺傷能力が高いかを知るための実験記録。
 短時間で効果が現れる劇薬のレシピ。
 それから、」
「待ってくれ!」

 バルーガは信じられず、オリキスに向かって右手の手のひらを向けながら言葉でも遮り、説明を中断させた。


「あんた得意の、笑えない冗談か何かだろ?」

 引き攣った笑いを浮かべて尋ねる。
 オリキスは、心境を汲み取ることなく冷静に返した。

「君は彼女の両親が何者か、知っているのかい?」

 バルーガは書物を閉じてから、自信なく答える。

「ジャーナリストって聞いたが……」

「そう言ったら聞こえは良いけれどね。彼らは奸計貴族の国、ロアナに仕えていた間者だよ」

「間者って、」

 潜入し、情報操作や収集を行う者を指す言葉。悪い意味で使われることが多い。

「オレが知ってる限りじゃ、変わり者の、優しい両親って印象だったぞ?」

「島民たちのあいだでは、評判の良い夫婦だったらしいね。が知る彼らは善人の顔して、することはとてもえげつなかったよ」

 オリキスは毒気を含んだ不機嫌な目と声で反論。無言の反応に小さな溜め息を吐き、説明を続ける。

「二人は織人事件が起きるよりも前に国を裏切って逃亡し、翼竜を名乗って暗躍。各地で問題を引き起こした。恨まれてるんだ、特にアンシュタット一族からは。
 派遣されたのがシルリアで助かったよ。そうでなければ、エリカ殿は殺されてる」


 バルーガは書物を持つ手に力を込めた。
 綺麗なはずの思い出が、異臭を放ちながら焦げ落ちる。
 玩具を作り、擦り剥いた腕に薬を塗ってくれて、遊んでくれたこともある人たちの笑顔。優しさ。あれは嘘だったのか?


 どんな悪行だったか聞く気になれなかった。
 そうならざるを得ない理由があったのかもしれないと、ほんの少し良い方向に考えた。


「エリカは親のこと……」

「知っていたら、あんな調子で過ごせないだろう」

 なぜ言うのだと呆れた目で見られたが、バルーガは少し安心した。オリキスにも良心があるとわかったから。


「……。あんたは最初から、翼竜の子だと知っていたのか?」

「まさか」と、オリキスは首を横に振って否定する。
「僕はエリカ殿と初めて会った日、親が顔を見せてくれないと聞いてね、何か手掛かりになり得る情報を一つでも拾えたらと手紙を読ませて貰った。そのとき、翼竜の押印が目に留まって、という流れさ」


「……言ったら、傷付くよな」

「時期が訪れたときでいい。ほかに聞きたいことは?」


「試練、翼竜、カコドリ遺跡。何と関係がある?」

「僕は遭遇したことを避けれない、拒否権がないから従う、それだけだよ」


「最後の質問。あんたの目的はなんだ?」

「………………」


 オリキスは右手で自分の顎を緩く掴み、視線を少し落として話すか考えた。
 この男は信じるに値する人間だが、苛立ちが沸点に達したら飼い主の手を噛んで反抗し得る性格だ。もし不都合が生じたら……。
(……処置はいつでも決めれる)
 小出しにして、丸め込むか手懐けておいたほうが良さそうだと、オリキスは思った。


「時間をくれ、折を見て話す」

「絶対だぞ」

「約束する」


 バルーガは書物を棚へ戻す。オリキスは顎から手を離してドアに近付き、ノブを握りながら口を開いた。


「その代わり」

「なんだ?」


「干渉は許すが、口外は禁ずる。調査の邪魔はしないでくれ」


 昨夜より控えめながら、冷ややかな殺気を感じさせる注意。
 危険を感じたバルーガは表情を歪める。

(何を優先すべきか冷静に考えろ……。オレは国の重要機密に深入りするだけの権限を持っていない。翼竜の件はこいつに任せて、島の平和と幼馴染みを守ろう。それが無難だ)


「わかった」


 取り敢えず、呑み込むことにした。

 二人はエリカの家を出て、別行動をとる。
 オリキスは自宅へ。バルーガは実家へ戻り、剣を収めた鞘を部屋の壁に立てかけ、父親に魚の捌き方を教わって母親から調理を学ぶ。
 気晴らしが必要だった。

 一口大に切った白身魚に小麦粉をまぶしながら、隣りで同じ作業をしている母親に、エリカの両親について尋ねてみる。
 翼竜と言っても人間だ。その親ならアーディンのことや試練について、何か知ってるんじゃないかと思った。

 すると。


「奧さんは此処で生まれ育ったけど、旦那さんは本土から来たとしか知らないわねぇ」

「家族は?」

「お爺さんとお婆さんが居たわ。エリカちゃんが生まれる前にイ国へ引っ越したわよ」

「仲違いしたのか?」

「ううん、お仕事の関係。奥さんのご両親は高官でね。エリカちゃんも付いてったら、今頃貴族のお姫様だったかも」

「……」


 知らなかったことが、また一つ増えた。


 母親は木の器に卵を二つ割り入れ、菜箸でちゃっちゃと細い音を立てながら溶く。

「爺さん婆さんの名前は?」

「古い記憶だから覚えてないわ」

「年寄り連中に聞いたらわかるか?」

「そうねぇ……」

 食器を取りに来た父親は、息子の真面目な追求を不思議がる。

「どうした?」

「エリカは島に家族が居ないだろ?一人じゃ寂しいだろうなと思ってさ」

「結婚を申し込むのか?」

「違うよ」

「オリキスくんには敵わんだろ」

 バルーガは水道の蛇口を捻り、手に付着した小麦粉を洗い落としながら、それも違うんだけどなと言えず、肯定も否定もしなかった。

「アーディンさんはいつから住んでるんだ?」

「エリカちゃんのお父さんと同じ時期だよ。いやぁ、あの頃のほうがすらっとしてて男前だったなぁ」

「ははは」と、両親は声を合わせて笑った。
 バルーガは蛇口を閉める。

(詳細を知ってる人は居ないってことか)





 昼食を済ませて集落へ向かうと、配達に来ていたオリキスと偶然出会す。今朝のことをまだ引き摺っているバルーガはぎこちない表情で、真面目に話しかける。

「えぇと、うちの親にエリカの家族はほかに居ないか尋ねたら、イ国に爺さん婆さんが住んでるって言ってた。エリカの母親は高官の娘だとよ」

 高官と聞いて(誰だ?)と、オリキスは思う。


「彼奴のこと、知れば知るほど心配になる」

「……」

「あんたへの疑いは残ってるけどよ、エリカに話してないこと、感謝してる」




 オリキスは紹介人の家に立ち寄り、エリカの祖父母について尋ねてみた。
 紹介人は両腕を交差させて×ばつの字を作り、

「個人情報は教えれません。っていうか、私も知らないんだよね。彼女の親自体、会ったことがないんだ」

 と、申し訳なさそうに言って腕を下ろし、肩を竦める。

「人伝に高官と聞いたので、ご存じかと思い」


 紹介人は自分の腰に両手を置き、はは〜〜ん?と、ニヤニヤ笑う。

「取り入りたいのかい?」

「仲良くできれば」

「楽しみだね」

 オリキスは話を合わし、にこりと笑って返す。


(知ってそうで知らないか)

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