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【物語:自由詩シリーズ】第8話 罪作りな菫摘み

午後は菫を摘みに行こうと準備していたら
書斎で仕事中の兄が一緒に行くと言う。
食べるのは私だから無理はしないでと諭せば
お前が食べられたら大変だと答えるから
呆れてしまう。

それでも一緒に来てくれることが嬉しくて
小さい頃のように手をつないでうちを出る。

森の奥、木漏れ日の中に広がる夢のような色。
太陽が目覚める一呼吸前のような
星空に溶け入る一歩前のような
柔らかで清らかで、けれどどこか物憂げで。

小さな夢たちを取りこぼさないように
お気に入りの籠には洗い込んだクロスを敷いて
まろやかな午後、夢中になって花を摘む。
春の喜びが、一つまた一つと増えて満ちて、
エプロンに染みいる草の色さえも愛おしい。

ふと振り返れば、
苔とクローバーに覆われた木陰の中
読みかけの本を顔に寝そべる兄。

砂糖漬けにはもう十分。
宝物のような籠を置いてそっと忍び寄る。
かすかな呼吸を聞きながら、頬に頬を近づける。
薄い唇の横、吐息の続きのように言葉を紡ぐ。

早く起きないと、食べられてしまいますよ。
そうだ、食べてしまおうかな。

クスクスと、笑い声と共に世界は一転、
青い空が見えた。
そよぐ風さえも菫色の午後。
食べられたのは誰だったのか、何だったのか。
砂糖漬けよりももっとずっと、
甘く溶け入るような時間。

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