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【物語:自由詩シリーズ】第9話 満月に開かれる秘密の扉

白銀の輝きに世界が満たされる夜、
私たちはこっそりと家を抜け出す。

もう叱る人もいないけれど、
息を潜め足音を忍ばせて。
長く伸びた影を追いかけ追いかけられて。
ハリエニシダの木陰に走り込み
大きく息をついて顔を見合わせる。

春の訪れが告げられてから初めての満月。
それは解放されていく季節の予感に彩られ
騒ぎ出す胸の高まりを抑えることはできない。

光降り注ぐ中、泉が昼とは違った顔をしている。
小さい頃からここは魔法の王国だった。
満月の夜の楽しみは今夜も変わらない。

湧き出す清水がふつふつと
細かな泡を浮かび上がらせる。
身を乗り出し、私は白い砂の水底を見つめた。

月光がまるで花に生まれ変わったようよ。

白き気高き月の雫は
揺れる無数の波紋をまとわせて
透き通る水の中にまばゆく咲き誇る。

気をつけて。落ちてしまうよ。
水遊びにはまだ早い。

硬く長い腕が腰に絡みつく。
こぼれ落ちた吐息は
月光のせいなのか熱のせいなのか。
我が身までもが発光したかのようにわなないた。
振り向いて、揺らめく鬼火のような青を覗き込む。

春の妖精がやってくる晩なのよ。

子供じみていると
鼻先で笑われることをわかっていても
呪文のように、飽きることなく今夜もそう呟く。
けれど、私の髪を優しく梳きながら、
微笑みとともに兄が答えた。

春の妖精はとても長い髪をしていたんだっけ。

春の宵の
思いもかけないささやきは驚くほどに甘く、
ようやく巡り会った待ち人たちのように
私は震えた。

月光下の火照った頬は、
花のように浮かび上がっているだろうか。
あの頃知らなかった王国の秘密の扉を、
今夜見つけたような気がした。

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