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ティファニーで朝食を。松のやで定食を。

(2021年7月22日追記)
本エッセイに対する経緯説明や反省、まちの方へのインタビュー、それらを受けて学んだことを綴った記事を公開しました。
https://note.com/cchan1110/n/n07a45201dfaa

(2021年4月19日追記) 
4月7日に公開した、この記事について
https://note.com/cchan1110/n/n680cb90fec73

(2021年4月13日追記)
①このエッセイは、大阪市の「新今宮エリアブランド向上事業」の取り組みの一貫としてご依頼いただいた、街のPR記事です。
②このエッセイは、私が「新今宮」に足を運んだ際に、実際に起きた出来事を、綴っています。
③この枠内の文章は、読んでくださった方々からの大切なご意見を受けて、タグだけでなく冒頭にも、4月13日に追記しています。


私は先日、ひとりの男の人と一日を過ごした。

ハンバーグとエビフライの定食を食べて、街をぷらぷら。公園で喋って、銭湯に一緒に行って。そして最後の別れ際、カーディガンをプレゼントしてもらった。

これはたぶん、デートだと思う。
ふつうにデートだと思う。

ただひとつ、ふしぎなのは、私もその人も、お互いの名前を一切、呼ばないこと。この先、また会うかどうか、わからないこと。そして、私には帰る家があるけれど、その人にはないということ。


ティファニーで朝食を食べるよりもずっと、私にとっては、贅沢な時間だった日。そんな話を、今日は書きます。



・・・



2021年3月。
仕事で、「新今宮」という街に訪れた。大阪の西成区、「ドヤ街」と呼ばれるエリアを含む街。関東だと、東京の山谷や、横浜の寿町が、近い雰囲気かもしれない。

仕事を終えて、さあ帰ろうか、と駅に向かう途中。コンビニ前に、缶ビールで乾杯する人達がいた。あー私もビール、飲みたいな。せっかく初上陸した場所なので、飲み屋さんに寄ってから、帰ることにした。


この街には、大衆酒場がたくさんある。のれんを見つけるたびに、腰を少し曲げて、下を覗く。

ここはニッカポッカが3本見える。常連さんっぽいな。こっちは歌にあわせて、革靴がハイヒールとイチャイチャしてる。邪魔しちゃいけないな。


ぐるぐる歩いていると、高架下に良さそうな店を発見。

ニッカポッカ、1本。デニム、2本。
おじいちゃんみたいなズボン、2本。
スカート、1本、スキニー1本。
「はーい、ホルモンおまたせーー」
女性の元気な声。よし、ここだな。

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荷物を、邪魔にならなさそうな隅に置き、カウンターの空きを見る。左には、キャップ帽を被ったヒゲのおじさん。右には、メガネのサラリーマン。間にお邪魔すると、ふたり揃って「あっ荷物!」と言った。

「荷物こっち持っといで」
「狭くなっちゃわないですかね…?」
「ええから、ここに」
「あ、ありがとうございます」
「気づいたらなくなってるかもしれへんからね」
キャップ帽のおじさんが、小さな声で言う。


生ビール、中ジョッキ。一口目の飲みっぷりには自信がある。店員さんや近くのお客さんに、「うまそうに飲むね」と言ってもらったりもする。これはきっと、私の特技。

「えらいうまそうに飲むなあ」

ほら来た。ほんとに言われるのだ。

「はじめて来たの?」
「はい、お店も街もはじめてです」
「絶対そうやろな思た」
「おじさんは常連さんですか?」
「そんな感じかなあ」

キャップ帽のおじさんは、自転車で5分のところに住んでいて。毎週火曜日、仕事終わりに必ず来るらしい。

「ここは何でもうまいけど、にんにく丸揚げ、それからホルモン煮。あとは魚もうまい。今日はカンパチがおすすめらしいで」

言われるがままに頼む私、ビールが進む進む。気になった「白和え」は、おじさんと半分こした。

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弾む話も尽きないうちに、あっという間にラストオーダー。時間は19時半。

「健全な時間に閉まるんですね。あ、コロナ禍だからか」
「いや、ここはもともと。その代わり、朝は9時半から開いてる」
「朝9時半!」
「雰囲気も客層も、また違って楽しいよ」
「へえ…来てみたいな。泊まって、明日も来てみよかなあ」
「ここらは宿も安いからね。1000円台もあるし、最近できた綺麗なとこでも3000円台やわ」

そう言いながら、おじさんは財布を出して、「お勘定お願い。ここ2つ、まとめて」と言った。……ん? 待って待って。

「いやいや、いいですいいです!」
「なんや、おごるなんて一言も言ってへんで」
「えっ、あ、えっ。笑」
「割り勘や、下2ケタだけな。ハハハ!」
「え! えー!! 申し訳ない! 出します!!」
「ええねん。明日、このまちに返してくれたら、それが一番ええわ」


2000円ほど、ごちそうになった。そして、おじさんのおかげで、明日の過ごし方が決まった。私は明日、2000円を、誰かにごちそうする。この街、新今宮で過ごすときは、「借りができた分、貸しをつくる」というルールをつくることにした。うん。街単位でのマイルール、いいな。

1日目 20:00
【貸し】なし
【借り】2000円



歩いていると、銭湯を発見。
旅先での銭湯は、私的には絶対条件。

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シャンプーとかないけど、まあ、宿泊先で洗えばいっか。そう思って、シャワーでごしごししていると、隣のおばちゃんが「よかったら使って」と、洗面用具の入ったカゴを渡してくれた。「えっ、いいんですか」と言うと「なんであかんのよ」と笑ってた。うれしいなあ。また借りができてしまった。

銭湯前のガードに腰掛け、夜風にあたりながら、宿の空室を調べる。ほんとに、1000円とか、1500円の宿がある。家までの交通費だなあ。良さそうなところに電話して、伺ったら、あったかいお茶を淹れて、待ってくれてた。

1日目 22:00
【貸し】なし
【借り】2000円、シャンプーとボディソープ1回分


翌朝。

カフェ併設の1階で、朝ごはんに茶粥をいただき、そのままちょっと仕事する。…のつもりが、気づけば14時。おなかが鳴ったそのとき、隣で回転焼を食べようとしていた方が、「半分食べる?」と分けてくれた。またまた、追加の借りができた。

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2日目 14:00
【貸し】なし
【借り】2000円、シャンプーとボディソープ1回分、回転焼1/2


「お世話になりました」と宿を出る。どうしようかな。どこ行くか、なんにも決めてない。

とりあえず大通りに出ると、「スーパー玉出」がきらきらしていた。吸い寄せられるように近くまで行くと、横のトンネル?から、たくさんの人が出たり入ったり。くぐると、商店街があった。「萩之茶屋本通商店街」。


と、このあたりで、自分の荷物に異変を感じる。持ってる袋が、びしゃびしゃしてる。見ると、さいあくなことに、中でジュースがこぼれて、濡れまくっていた。これはつらい。つらいぞ。一旦、道のすみっこに行き、中身を取り出し、タオルで拭いていく。と。

「何してんの?大丈夫?」

私より、一回り上くらいの、おじさん……というにはまだ早いな。お兄さんとおじさんの間くらいの人。以下「お兄さん」と呼ぶことにする。

「ジュースをぶちまけちゃって……」
「袋いる?」
「え! いいんですか。ありがとうございます」

わー、またまた借りが。なんてやさしいんだこの街は……拭いた荷物をリュックに詰め込み、もらったビニル袋に、濡れたタオルを入れる。

2日目 14:30
【貸し】なし
【借り】2000円、シャンプーとボディソープ1回分、回転焼1/2、ビニル袋


「助かった……ほんとありがとうございます」
「うん。あと、100円持ってない?」
「ひゃくえん?笑」

急な展開。

「も、持ってますけど…」
「くれへん?」

物乞い…? でも100円だけでいいのか……? そもそもこういうときって、どうするのがいいんやろう、と悩んだのもつかの間。そうだ。今こそ、貯まりに貯まった「借り」を相殺していくタイミングなのでは? とりあえず、使い道を聞いてみる。

「何か買わはるんですか?」
「ラーメン食べたい」
「カップ麺? 」
「いや、近くに100円でラーメン食えるとこがあるねん」

なにそれ、安!
それ私も食べたい。連れてってほしい。

「姉ちゃんはやめとき。そんなうまないし」
「じゃあ、100円のラーメンじゃなくていいんで、一緒にごはん食べてくれませんか? おごるんで」
「えっ、えっ?」
「あ、急ですよね。無理やったらいいです!」
「い、いや、むしろ、ええの……?」
「ジュースまみれを助けてくれたし、私今、この街に借りがあるんで」

お兄さんは若干おろおろしつつも、私について歩き始めた。

「何が食べたいですか?」
「え…うーん、定食とか…」
「いいですねー定食。行きつけのとこ、教えてください」
「行きつけ……じゃないけど、行ってみたかったところはある」
「お、そこ行きましょう」

自己紹介も何もせず、商店街を歩くふたり。

「なんかすみませんね。後ろ、予定とかなかったですか?」
「いや、今日はなんもない…っていうか、いつもなんもないっていうか…」
「よかった!」

お兄さんはおろおろしたまま、「こんなこと言ってもらえるなんて、思ってへんかった」と呟いた。

「よく声かけたりしてるんですか?」
「たまに……でも絶対無視される」
「じゃあ、いい人に当たりましたね」
「ちょっと、ほんまに驚いてる。こんな人もおるんやって驚いてて俺、今」
「あはは笑 こんな人がおってもええんちゃうかなと思って、誘いました」


……と、貸し借りのマイルールを置いといて、少し、まじめな話をする。

たぶん、普通はこういうのって、あんまりしないほうがいいとされるだろうなあ、と思う。でも昨夜、キャップ帽のおじさんは、名前も何も知らない私に、ごちそうしてくれた。私がしてもらったことと、今私がしようとしてること、何が違うんだろう、と考えたくなった。

それから、お兄さんの言葉選びや声色、私の目を見て話す表情を、信じたいなと思った。服はぼろぼろだけど清潔感があって、お酒のにおいはしない。独特の甘いにおいもしない。もちろん、憶測の信頼だし、なにかトリガーがあれば、わからない。けれど、なにかあったときどうすればいいか、知識や術はちゃんとある。だから、信じてみたいなと思った。



5分ほど歩き、商店街を抜けたところで、「ここ」とお兄さんが指をさす。チェーン店の定食屋「松のや」だった。

「お、いいですね。松屋系列だから、味は間違いないですよ」
「そうなんや。行ってみたいなーって思ってた」

券売機の前に立つお兄さん、タッチパネルの、ボタンじゃないところを押しまくっている。私、「たぶん、こっちです」とメニューボタンを押す。定食一覧が出る。

「……ほんとに、なんでもいいの?」
「はい」
「このハンバーグとエビフライのやつでも?」
「うわ、これ最高! これにしましょう。私も同じのにします」

2日目 14:45
【貸し】ハンバーグとエビフライ定食890円
【借り】2000円、シャンプーとボディソープ1回分、回転焼1/2、ビニル袋


「お好きな席どうぞー」と店員さん。テーブル席を指して「あのへん行きます?」と聞くと、お兄さんは「こっちがいい」と、壁に近いカウンター席を指した。

まもなく運ばれた、ハンバーグとエビフライ定食。「エビでかっ!」と私。「でか……」とお兄さん。

「食べ切れるかな。ボリュームがすごいですね」
「俺でも全部食えるかわからん。すごいことやなあ…」


まるでお子様ランチの大人版。ハンバーグからいくか、エビフライからいくか。チラッと横を見ると、お兄さんは、エビフライから食べていた。

「まだ驚いてるわ俺……声かけた人と、ご飯食べてる…」
「さっきからそれ、めっちゃ言ってますね」
「普段、ほんまにずっと一人やから。こういう感じで誰かと食べるん、ほんまに10年ぶりくらいやと思う。っていうか、ちゃんと女の人と喋ったんも、10年ぶりくらい」
「いやー、それはよかったです。どうですか、久しぶりの女の人は」
「緊張する」
「あははは」
「彼女ほしい」
「あははははは笑 急やな笑」

素直な人やなあ、と思わず笑う。素直な人と食べるハンバーグとエビフライ、とてもおいしい。

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食べ終わって、お茶を飲む。お兄さんは、喫煙席でタバコを吸う人を眺めていた。

「1本くれへんかなあ?」
「聞いてみたらいいんじゃないですか?」
「無理やわそんなん」
「私に100円持ってないかは聞いたくせに。笑」
「……持ってへん?」
「私? 持ってないですねー、吸わないんで」
「買っ……てくれたりせんよな、あかんよな?」
「うーん。ちょっと考える」

2000円使うと決めたけど、「一緒にお昼を食べたいから定食をごちそうする」と、「お兄さんが吸いたいタバコを買ってあげる」は、何かが違う。うまく言えないけど、対等じゃない感じがする。

そもそもこれは、「借りができた分、貸しをつくる」というルールから始まったこと。お兄さんも私に「貸し」を作るのがいいかも、と思った。

「お兄さんの特技と交換だったら、いいですよ」
「特技??」
「うん、得意なこととか」
「たとえば?」
「ハンバーグの絵描けます、とか。エビフライで一句詠めます、とか」
「絵は全然あかん。文章も10年以上書いてない」
「うーん、そうか。むずかしいか…」
「あ、九九は? 九九は得意!」
「くく?!笑  んー、九九は困ってないかな!笑」

「そうか…」と、少ししょんぼりするお兄さん。

「あ、特技って、スポーツとか?」
「スポーツがお得意なんですか?」
「ドッヂボールは、結構得意やった」
「あはは笑 ボール買って、公園でお兄さんとドッヂボールか。めちゃくちゃいいな」
「今はもう、できひんで。怪我してまうわ」
「なんや。笑」

よし、決めた。

「じゃあタバコの代わりに、新今宮のツアーガイドしてください。おすすめの公園とか銭湯とか」
「?? わ、わかった」

2日目 16:00
【貸し】定食890円、タバコ560円
【借り】2000円、シャンプーとボディソープ1回分、回転焼1/2、ビニル袋


案内してもらったのは、商店街の中にある公園。「ここ、座るとこいっぱいあるからいいよ」とお兄さん。座る。

「コーヒーかなんか、買う? そこに自販機もあるねん」
「そうですね〜。……え、買うん私でしょ?笑」
「うん……笑」
「ほんまに……笑 じゃあ、今から私を褒める会を開催してください」
「褒める会?」
「そうです。私の自己肯定感を上げる会。」

2日目 16:05
【貸し】定食890円、タバコ560円、コーヒー130円
【借り】2000円、シャンプーとボディソープ1回分、回転焼1/2、ビニル袋


「はい。どうぞ」
「え、ほんまに褒めるん?」
「うん。130円分、褒めてください」

「じゃあ、これはほんまに思ったこと。誰かに似てるって言われへん?」
「何、そのよくあるフリ」

「いや、ほんまに。AKBにいた、さっしーに似てる。言われるやろ」
「20代は、たまーーーに言われたけど。え、まだいけます? うれし」

「だって俺、ジュースこぼしてるとき、さっしーかと思ったもん。さっしーかな?思て声かけたもん」
「100円くれ、ゆうてな」

「いや、まあ、ちゃうやん。さっしーがなんか、困ってるなあーって。あれ、なんでこんな所にさっしーおるんやろ?って。でも、さっしーはおるわけないから、妹かな?って」
「あはははは笑 めちゃくちゃ言うてくれますやん!笑」
「ほんまに思ってるねんて!」

うまいなあ。しかも、妹って。(※指原莉乃さんは私より年下)急にエンジンかかってくるお兄さん。おもしろいなあ。

2日目 16:30
【貸し】定食890円、タバコ560円、コーヒー130円
【借り】2000円、シャンプーとボディソープ1回分、回転焼1/2、ビニル袋、褒め殺し


「あとね、たぶん、性格も似てる」
「さっしーと?」
「うん。なんていうかあの、まっすぐやな」
「え…うれしい。それはうれしいな……」
「こんなことあるんやなあ、と思ったし、こんな人がほんまにいるんやなあ、と思った。すごく、うれしかった」

こんな風に「うれしい」を伝え合える人を、信じない理由がもう、なかった。どんな過去があって、100円に困るようになったのか知らないけれど、私は今、目の前にいるこの人を信じていることが、すごく、うれしいと思った。

ちなみに、私を「さっしーに似てる」と言ってくれるこちらのお兄さん、ヒゲいっぱいで、髪ぼさぼさだけど、きれいに整えたら、ちょっと甲本雅裕似なのでは? という感じ。それを伝えると「鏡なんてしばらく見てへん」と言っていた。



だんだんと、日が傾いてきた。

「タバコ、そのペースだと、すぐなくなりそう」
「あると吸ってまうねん」
「箱ごと少し、貸してください」
「………何かいてんの?」
「あとで見てください、あとで」
「……ってかあんた薄着やな。寒ないん?」
「さむい。笑 お兄さんは防寒術すごそう。教えてください」
「いっぱい着込む」

タバコの箱を返すと、お兄さんはそのまま、
ダウンジャケットのポッケにしまった。



それにしても、ほんとに寒くなってきた。ので、次は、おすすめの銭湯を案内してもらう。この街には、いい銭湯がいっぱいあるらしい。

「ここ、たまに来るところ」
「うわ〜いいなー。今すぐ入りたい」
「入ってきたら? 俺、外で待っとくわ」
「えー、それやったら一緒に入りましょう」
「いやいや、いいよ。……え、いいの?」
「うん。もう、ついでやし」

もう、ついでやし、と言ったけど、「もう、友達やし」と言えばよかったな、と後悔した。

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下駄箱で靴を脱ぐ。お兄さんの靴下、ボロボロだった。かかともつま先もがっつり破れてて、もはや、リストバンドの足首バージョン。

「タバコより靴下にすればよかったですね」
「いいねん、これはまだ履ける。消毒液かける」
「あはは笑 確かに除菌はされるけど、破れたとこは治りませんよ」
「服はよく配られるねんけどなあ。なんでか知らんけど、靴下はないんよな」

(ちなみにこの後、私は漫画のようなヘマをして、お兄さんに爆笑された。入口の色が同じで分からず、男湯側に突進するという。止めてよ笑)

2日目 17:10
【貸し】定食890円、タバコ560円、コーヒー130円、入湯料440円
【借り】2000円、シャンプーとボディソープ1回分、回転焼1/2、ビニル袋、褒め殺し


「貸し」の合計、現在2020円。昨晩の「借り」、おごってもらった2000円は、ほぼ相殺。あとは、「シャンプーとボディソープ1回分、回転焼1/2、ビニル袋、褒め殺し」の分。うーん、換算するの、だいぶ難しいな……?笑

「お兄さん! 髪最後に洗ったんいつ?」
「えーー? えーと、えーと……?」

番頭さんに100円を渡し、「すみません、シャンプーとボディソープも、お兄さんに!」と言って、中に入る。まあまあ、これでだいたい、トントンかな! ゲームみたいで、楽しい。

2日目 17:13
【貸し】定食890円、タバコ560円、コーヒー130円、入浴料440円、シャンプーとボディソープ1回分
【借り】2000円、シャンプーとボディソープ1回分、回転焼1/2、ビニル袋、褒め殺し


今日こそ湯シャンでいっか、と思って、シャワーでごしごししていると、「姉ちゃん、姉ちゃん」と後ろから声がする。

「そこに置いてるの、何でも使っていいよ。おばちゃんのやから」
「えっ、いいんですか!」
「洗顔とかもあるから。肌に合うんやったら、つこて」

あー。シャンプーとボディソープ、またまた借りてしまった。でも、やっぱりうれしいな。やっぱりここは、やさしい街だな。

2日目 17:30
【貸し】定食890円、タバコ560円、コーヒー130円、入湯料440円、シャンプーとボディソープ1回分
【借り】2000円、シャンプーとボディソープ2回分、回転焼1/2、ビニル袋、褒め殺し


すごくさっぱりして、銭湯から出る。誰もいない。長湯しちゃったし、お兄さん、帰っちゃったかな。

……と思って、左を見て、右を見たら、隣のコインランドリーの中にいた。ベンチに座ってはる。なんか、ふしぎと、ホッとした。


ん? でも、なにかが違う。
え、何。え。あ!! 


「ヒゲーーー!!!!!」


渡した100円で、かみそりも買ったらしく。いっぱいあったヒゲが、綺麗さっぱり、なくなってた。ボサボサだった髪も、濡れてることもあり、なんかいい感じにまとまってて。服も、着込みに着込んで、着ぶくれしてたけど、あったまったからか、しましま模様のセーター1枚になってて。わりとまじで、甲本雅裕だった。


「ヒゲないの、めっちゃいい!」
「ほんま?」
「うん! 見違えた、素敵!!」
「え、ほんま??」
「あ。ちょっと。ボロボロの靴下は?」
「履いてる」
「あかん、もう、靴下も履き替えましょう!」
「えっ、えっ、」
「実はね、昨日買ったの。可愛いでしょ」
「あはは、これ、あれやん。 俺らがたまに日雇いで使う軍足やで」
「そうなの? でもめっちゃいい配色だなーって思って。使ってください」
「いいの?」
「うん。男前になった記念」


照れ笑いしながら、靴下を履き替えるお兄さん。ボロボロの方の靴下をまるめて、少し名残惜しそうに見たあとに、「これはもう、捨てることにする」と言っていた。

2日目 18:30
【貸し】定食890円、タバコ560円、コーヒー130円、入湯料440円、シャンプーとボディソープ1回分、靴下100円
【借り】2000円、シャンプーとボディソープ2回分、回転焼1/2、ビニル袋、褒め殺し


「あ、そうだ。おすすめの宿、ないですか?」
「今日もどっか泊まんの?」
「考え中。昨日行った、駅の近くの大衆酒場が、朝もやってるんですけど、行ってみたいなあ、って。だから、泊まるなら駅の近くかなー」

Google Mapを見せながら、いくつか候補のホテルを指差した。

「ここ、一泊1000円台。めちゃくちゃ安くないですか?」
「あー、うーん……」

「レビューも良い。女の人も泊まれるって」
「うーん……できれば、駅越えて向こう側、泊まってほしいかな」

「天王寺のほう? 高くない?」
「大丈夫、2000円台のビジネスホテルもある。そっちのほうがいいよ」

「まあでも、せっかく新今宮に来たし、普通のビジホより、」
「お願い。」


お願い、って、久しぶりに言われた。


「それか家。家に帰ったほうがいい。あんたは、家があるねんから」


ハッとして、「わかった。帰るね」と言った。
お兄さんが、「それがいいよ」と言った。

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駅までの夜道。

日が沈んだ新今宮は、ひとりだとちょっとそわそわする。けれど、お兄さんがいると、安心だった。最初は正直、少し不安もあった。でも、この街のことも、この人のことも、たくさん信じてよかった。短い時間だけど、すごく楽しかった。


電波塔を越えて、高架下を越えたら、新今宮駅。その手前で、お兄さんが「ごめん、少し寄っていい?」と右を指す。「うん」と言って、ついていく。

高架下には、ちらほら横になってる人がいる。お兄さんは街灯の下で立ち止まり、「ここで待ってて」と言った。そして、何かを持って、すぐに戻ってきた。

「あの、これ。こないだ、配られた服。いい色やな思て、もらってんけど、まだ着てへんやつで……これ着たら帰り道、だいぶ寒くないと思う…し、あの、たぶん、似合うと思う」

深い赤色のカーディガン。
「ありがとう、いっぱい着込む」と
お礼を言った。


「眠くなった。寝るわ。ありがとう」
「こちらこそ。よく寝てくださいね」
「よく寝れると思う。なんか、あの、ストレスがなくなった」
「ストレス?」
「うん、気持ちがいい。スーって」
「お風呂入ったからじゃなくて?」
「風呂もあるけど、そうじゃなくて……なんか、あの、喉の奥が、スーって。すごい息しやすい」

私が手を差し出すと、背筋を伸ばして、ゆっくり握手してくれた。

「近く寄ったら、会いに来るね」と言うと、
「来なくていいよ。じゃあ、またね」と、高架下に帰っていった。



私は先日、ひとりの男の人と一日を過ごした。

ハンバーグとエビフライの定食を一緒に食べて、街を歩いて、公園で喋って、銭湯行って。最後に、カーディガンをプレゼントしてもらった。そして、私は家に帰り、その人は高架下に帰っていった。


「ホームレスとデートって、正直どうなの?」
そう思われたかもしれない。でも、私の中では、たまたま出会って、たまたまデートし、たまたま友達になった人。その人がたまたま、家を持たずに暮らしている人だった。それだけのこと。


最後まで自己紹介しなかった。名前もなんにも知らないまま。そんな人のことをここまで信じるの、はじめての経験だった。とても、ふしぎだった。


「ティファニーで朝食を」という映画がある。けれど、私にとっては「松のやで定食を」。残さずふたりで平らげた、ボリューム満点のハンバーグとエビフライ定食。私の人生がもし映画なら、必ず予告編に入るシーンだと思う。それくらい贅沢な、そして大切な時間だった。

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あとがき

この世界は、なんでも準備や計画を求められがちだけど、新今宮という街は、なりゆきでも「行けばなんとかなる街」だった。この世界は、信じられないものが多いけれど、新今宮という街は、「助け合いの街」で、そして、「信じる力が潜む街」だった。

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「借りができた分、貸しをつくる」

そんなルールで過ごした、新今宮での2日間。結局、最後に2度目の「シャンプーとボディソープ」を借りたので、「借り」がちょっとだけ、はみ出た気がする。また、あの街で「貸し」を作らなきゃなあ、と思う。

キャップ帽のおじさんに、おじさんのことを書いてもいいかと聞いたとき、「書いて書いて! 絶対読むわ」と言ってくれた。感想を聞きながら、今度は私が一杯おごりたい。家のないお兄さんは「ええけど、どうやって読んだらええの? 俺、携帯ないで」と言っていた。このページを印刷して、カーディガンを羽織って、高架下まで届けに行きたい。

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お兄さんの「来なくていいよ。じゃあ、またね」を聞いたときは、矛盾してる返事やなあ、とつっこみかけたけど、よく考えたら、成立する未来も、あるかもしれない。

それくらい、新今宮というところは、
「なんとかなる街」だと、思っている。

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▼おまけ_その1
滞在中に買ったおみやげ。

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いろんな靴下:100円
カラータオル:100円
紫のジャージ:300円
青のセーター:1500円
緑のセーター:1000円
シガービスケット:100円
爪ブラシ付き軽石:100円
カフェオレの粉(小分け):25円

▼おまけ_その2
滞在中に寄った場所。

・江城商店(服買った。ここの店主も素敵だったんだよなあ…また書く)
・マルキュー(靴下とタオル買った)
・まんぷく(お菓子買った)
・岩田屋酒店(キャップ帽おじさんと出会った店)
・入船温泉(1日目の銭湯)
・ココルーム(泊まったところ)
・松のや 花園町店(ハンバーグとエビフライ定食)
・鶴見橋中央公園(コーヒー飲んでタバコに絵を描いた)
・都温泉(2日目の銭湯)

▼最後に
今回の2日間で、新今宮が、すごく思い出深い街になった。で、実はその翌週、またまた新今宮に訪れてまして…  「新今宮ワンダーランド」というプロジェクトに携わる方と、地の人に、街を案内いただいた。もっとちゃんと、あの街のことを、知りたくて。お兄さんにも会いに行ったけど、いなかった。

私が過ごしたのは、割とディープなエリアだったけど、新今宮は他にも、通天閣や串カツ、スマートボールに動物園など、大阪らしい楽しみがギュッと詰まったエリアもある。お近くに来る方は、ぜひぜひ寄ってみてください。あ。あと、「香港」ていう名前の中華料理屋さんが、どちゃんこに美味いです。

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