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第171号(2022年4月4日) キエフを守り切ったウクライナとロシアの出方

【NEW CLIPS】プリンストン大学の描く米露全面核戦争シナリオ

『PLAN A』

 ロシアによる「警告射撃」的な限定核使用に対して米が同じく限定核反撃を実施。これが戦術核による大規模戦闘、戦略核に対する対兵力打撃、さらには互いの人口密集地に対する対価値打撃へとエスカレートしていった結果、わずか4時間半で9150万人が亡くなるという暗澹たるシナリオが描かれています。
 ダニエル・エルスバーグの『世界滅亡マシン』に出てくる、冷戦期の見積よりはやや少ないですが、わずかな時間で一億人が死ぬような戦争のことを我々はまた心配しなければならないところに戻ってきてしまったわけなのでしょうか。
「進歩」を続けてきたはずが、また元の場所に戻る堂々巡りの道にすぎなかったのだろうか、という空虚さにふと捉われそうにもなります。

【今週のニュース】戦時下での春季徴兵 兵士たちは家に帰れるか?

 3月31日、プーチン大統領の発出した大統領令第167号で春季徴兵が発令された。クレムリンの公式サイトにアクセスできないので、法律ポータル「ガラント」に転載された内容を参照すると、今年の春季徴兵は13万4500人とされている。
 昨年の徴兵は春季が13万4650人、秋季徴兵が12万7500人であったから、概ね平年並みの水準と言える。
 ただ、今年の春季徴兵は、戦争の真っ只中という特異な状況の中で始まった。2003年以降、ロシア政府は徴兵を戦地に送らないという方針を公式に採択しているが、2008年のグルジア戦争では参戦兵力の3割程度が徴兵であったとも言われ、この方針は守られていない。今回の戦争においても徴兵が戦争に参加していることは国防省も認めており、のちに全て帰還させたとしているものの、実際にはまだ多くの徴兵が戦線で戦っている可能性が高い。

 ところが前述の大統領令では、徴兵の実施とともに満期を迎えた徴兵を除隊させるよう命じているため、このとおりであれば前線の兵力がごっそり抜け落ちる可能性が出てくる。果たしてロシア軍はすんなりと兵士たちを両親のもとに帰すのかといえば、おそらくはそうならないだろう。
 ロシア軍では従来から、満期を迎えた徴兵を脅したり、高給を提示して契約軍人に鞍替えさせ、さらに数年の勤務を強いることが常態化していた。ひどい例になると徴兵の私服を燃やしてしまうという例もあったとされる(軍から支給された制服や下着は返却せねばならないので、それでも除隊すると言い張れば全裸で駐屯地を出ねばならない)。
 はたして今回も徴兵を強制的に契約軍人にさせようとする動きがある、ということを4月1日付の『読売新聞』は伝えており、徴兵たちはまだしばらくプーチンの戦争に付き合わされることになろう。


【インサイト】キエフを守り切ったウクライナとロシアの出方

キエフ周辺から消えたロシア軍

 この一週間で、ウクライナをめぐる戦況に重大な変化があったことは既に広く報じられているとおりです。
 都合4回目となる対面での停戦交渉(於トルコ)後、ロシア国防省のフォミン国防次官が「作戦の第一段階は完了したのでキーウとチェルニヒウ周辺での軍事作戦を大幅に縮小する」と発表したのが3月29日のこと。

 この直後からロシア軍は実際に一定の兵力をベラルーシやロシア本土に向けて後退させ始め、ウクライナ軍もキーウ周辺で反攻を開始してかなりの領域を奪還しました(例えば米戦争研究所(ISW)の3月31日の戦況アップデートを参照されたい)。
 4月に入ってからもこの動きは続いており、4月2日までにウクライナ軍はキーウの東西でさらに反攻を行なってロシア軍をより遠くへ押し戻すことに成功したようです。
 特に著しいのが西部での状況で、ウクライナ軍はイルピン、ブチャ、ホストメリ空港などを奪還したとされています。これを受けて同日、ウクライナのマリャル国防次官は「キーウ周辺の全域が解放された」と宣言しました。ホストメリ空港からロシア軍が撤退したことは衛星画像でも確認されています。

 さらに4月3日のISWのアップデートでは、もはやキエフ西部からはロシア軍の支配領域が消え、北部および東部でもロシア軍は急速に後退中とされています。
 まとめると、ロシア軍は今回、キーウ攻略に失敗した可能性が非常に高いということです。西側からの軍事援助に支えられたとはいえ、ウクライナ軍がこれだけの持久力を発揮してロシアの首都攻略を撃退するというシナリオは(少なくとも私には)全くの予想外であり、その実力を大きく見誤っていたと結論せざるを得ないでしょう。
 なお、ウクライナがこれだけ善戦できた理由については、暫定的な考察を第167号で行なっているので、こちらも参照してみてください。


西側版escalate to de-escalate戦略としての重兵器供与

 これに加えて指摘しておきたいのが、西側による対ウクライナ軍事援助の内実が変化しそうなことです。3月31日、第2回ウクライナ防衛国際ドナー会議(IDDCU)に出席した英国のウォレス国防相は、ウクライナに対して防空システム、沿岸防衛システム、長距離砲、装甲車両、訓練、後方支援等を提供する方針が合意されたことを明らかにしました。

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