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第167号(2022年3月7日)ウクライナ軍は何故善戦できているのか

【インサイト】ウクライナ軍は何故善戦できているのか

粘るウクライナ軍

 先月24日にロシアのウクライナ侵略(と呼ぶほかないでしょう)が始まってから間も無く二週間になります。
 この間のウクライナの粘りは全く驚異的でした。米国の民間軍事シンクタンク「戦争研究所(ISW)」の戦況図が示すように、ロシア軍は北方及び南方から激しい攻勢をおこなっているものの、首都キーウと第二位の都市ハルキウは未だに陥落していません。

 特にハルキウはロシア国境からわずか30kmという距離にあり、しかもそのすぐ前面には精鋭のロシア陸軍第1親衛戦車師団が展開していました。それでもウクライナ側が同市を維持しているのは奇跡的だとさえ言えるでしょう。
 では、ウクライナは何故これだけ善戦できているのか。今回はこの点に焦点を絞って考えてみたいと思います。

決して弱くはないウクライナ軍

 ロシア軍の侵攻戦略がどうにも杜撰であったこと、ウクライナ側が長引く危機の中で相当に周到な防御準備を整えていたであろうことは前号で指摘しました。

 これに加えてまず指摘したいのが、ウクライナ軍は決して弱くないということです。今回の戦争が始まる直前、英国の国際戦略研究所(IISS)から年鑑『ミリタリー・バランス』最新版が出ましたので、これを使ってロシア軍とウクライナ軍の戦力を簡単に比較してみたいと思います。
 まずロシア軍ですが、実勢は90万人と前年度から変わっておらず、うち地上兵力が36万人(陸軍28万人、空挺部隊4万5000人、海軍歩兵部隊3万5000人)とされていることも同様です。
 他方、ウクライナ軍の総兵力は19万6600人(うち、地上兵力は陸軍12万5600人と空挺部隊2万人)と見積もられています。前年度版の『ミリタリーバランス』では総兵力は20万9000人とされており、このうち陸軍は14万5000人、空挺部隊は8000人とされていましたから、陸軍が2万人ほど削減される一方で空挺部隊は2.5倍にも増強されたことになります。開戦後、ウクライナは総動員例を発令していますから、現在の兵力はさらに膨らんでいるでしょう。
 さらにウクライナは国家親衛軍6万人を中心とする約10万人規模の準軍事部隊を保有していますから、ロシア軍の侵攻戦力が15-20万人程度であるとすると、火力や航空戦力を除いた兵力面では概ね互角ということになります。これらの軍事力は2014年以降、ドンバス戦線で親露派武装勢力やロシア軍との戦いを続けてきたわけですから、実戦経験もそれなりにあります。
 もうひとつ、ウクライナ軍はこの8年間で軍改革を進めてきました。特に2017年には「2020年までのウクライナ軍発展プログラム」に従って参謀本部と別にウクライナ軍総司令部が設置され(参謀本部は純粋に参謀機関化)、ウクライナ軍総司令官が各軍種・兵科が統合運用する体制が導入されています。
 さらに同プログラムでは、特殊作戦部隊の強化、戦略備蓄と兵站の改善、軍事インフラの整備なども掲げられており、こうした施策が現在の善戦にかなり寄与している可能性はあるでしょう。
 一方、今回の戦争直前の2月1日には、ゼレンシキー大統領の発出した大統領令第36号「国家の防衛力強化、ウクライナ軍における勤務の魅力の向上、軍のプロフェッショナル化への段階的移行に関する一連の措置について」において、2024年1月1日までに徴兵制を廃止するとともに、2022年から2025年の間にウクライナ軍の兵力を10万人増加させるとの方針(陸軍20個旅団の増設を中心とする)が打ち出されています。
 ただ、これはあくまでもロシアによる大規模侵略が少なくとも数年先であるという前提に基づいたものですから、今回の戦争には間に合わないことは言うまでもないでしょう。

進まない装備更新と西側の軍事援助

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