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第116号(2021年2月8日) 菅政権は北方領土問題に「戦略守勢」で臨め 北極にMiG-31ほか


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【インサイト】菅政権は北方領土問題に「戦略守勢」で臨め

●菅首相の施政方針演説 北方領土への言及は
 2月7日は北方領土の日であり、恒例の北方領土返還要求全国大会も開催されました。
 そこで今回は菅政権の北方領土政策についてちょっと考えてみたいと思います。
 まず注目したいのは、今年1月19日に行われた菅首相の施政方針演説です。北方領土に関する言及は以下のとおりでした。

「北方領土問題を次世代に先送りせず、終止符を打たねばなりません。2018年のシンガポールでの首脳会談のやり取りは引き継いでおり、これまでの両国間の諸合意を踏まえて交渉を進めます。平和条約締結を含む日ロ関係全体の発展を目指してまいります」

 たったこれだけなのですが、同時にこれだけの中になかなか面白い要素が詰まっています。
 その第一は2018年のシンガポール首脳会談に関する表現です。
 同年9月にプーチン大統領から「前提条件なしで年内に平和条約を結ぼうじゃないか」という爆弾提案(実質的にはほとんど政治的挑発のようなもので、多分プーチン自身は全く本気ではなかった)を受けた安倍首相は、11月に改めてプーチン大統領と会談したのち、「1956年の日ソ共同宣言を基礎に平和条約交渉を加速させることで合意したと述べました。
 これについては以前のメルマガでも扱いましたが、要するにプーチン大統領のいう「前提条件」を「日ソ共同宣言で触れられていない国後と択捉についても交渉対象であると確認した1993年の東京宣言」と解釈し、これに言及しないことで、(日ソ共同宣言が定める)歯舞・色丹の「二島」で手を打とうとしたということです。

●「やり取り」か「合意」か
 仮に国後と択捉の返還は現実的でないから二島で手を打つことにした、というのならば、個人的に色々思うところはあるものの、絶対反対とは言いません。日本国民が民主的に選んだリーダーの結論であるからです。
 問題は、そもそも「合意」が成立していたのかどうかです。安倍首相がシンガポールでの「合意」について発表したのち、プーチン大統領は「日ソ共同宣言には引き渡すとは書いてあるが、その根拠や主権については触れていない」という有名な発言を行い、どうも二島でも怪しそうだぞ、という空気になりました。
 そして、ここに来て菅首相が合意ではなく「やり取り」という表現を使ってきたわけですから、そもそもシンガポールでは「合意」なんかできていなかったのではないか、という疑念が浮かぶのは当然でしょう。
 これについては施政方針演説後の1月22日、茂木外務大臣の記者会見でNHKの渡辺記者がツッコミを入れています。
 以下、外務省公式サイトから当該箇所を抜粋してみましょう。

【NHK 渡辺記者】日露関係でちょっとお伺いしたいと思いますが、月曜日の施政方針演説、総理の施政方針演説の中で、平和条約交渉につきまして、「2018年のシンガポールでのやり取りは継続している」となっているんですけど。
【茂木外務大臣】引き継いでいる、しっかり引き継いでいる。
【NHK 渡辺記者】引き継いでいると、はい。そこは従来シンガポールでの「合意」というふうに言っていたのが、「やり取り」になっているのは、これは何か政策変更があったのでしょうか。
【茂木外務大臣】いや、「やり取り」という表現を昨年から使っていると思います。よく確認してみてください。
【NHK 渡辺記者】おそらく去年の秋ぐらいからそう変わっていって、今回改めて。
【茂木外務大臣】特段の理由があるってわけじゃありませんけれど、まあ、このシンガポールでの合意は、プーチン大統領と安倍前総理の間ですから、菅新政権というか、菅さんになって、菅さん自身がやったわけではありませんから、そういったやり取りは引き継いでいると。趣旨は変わっておりません。
【NHK 渡辺記者】そうしますと「合意」じゃなくて、「やり取り」というふうになったのは、ちょっと言葉が弱くなったと思うんですけど、そこは総理の意向で変わったってことなんでしょうか。
【茂木外務大臣】いや、総理の意向ってことはありませんけれど、そういう言葉にしたということです。総理の意向ではありません。
 

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