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第105号(2020年11月2日) 米露核軍備管理の行方、北方領土の装備近代化など


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【インサイト】米露の核弾頭「凍結」に中距離核の相互検証? 米露核軍備管理の行方を考える

 前回の第104号では、ヴァルダイ会議におけるプーチン発言を取り上げ、この中で新START(新戦略兵器削減条約)についても取り扱いました。条約を1年延長して新たな核軍縮枠組みを作ることには賛成だが、中国を入れたいという米国の思惑にはクギを刺す、といった内容と要約できると思います。
 そこで今回は、どのような核軍備管理枠組みが今後考えうるのかという点について考察していきましょう。

 昨年夏まで、この世界には階層的な核軍備管理の枠組みが存在していました。すなわち、以下の三階層です。

・戦略レベル:新START
 大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、重爆撃機を米露それぞれ700まで、これらに搭載される弾頭を1550に制限
・戦域レベル:INF(中距離核戦力)全廃条約
 射程500-5500kmの地上発射型弾道ミサイル(GLBM)と地上発射型巡航ミサイル(GLCM)を全廃
・戦術レベル:PNI(大統領核イニシアティブ)
 米露それぞれの大統領の宣言に従い、戦術核を実戦配備から撤去するなどの措置

 このうち、最も波乱含みだったのがINF全廃条約です。ロシアが条約に違反して9M729というGLCMを開発していると主張する米国とこれを否定するロシア側との間で非難の応酬が繰り広げられ、結局は昨年8月に米国の脱退という形で失効してしまいました。
 さらに新STARTの方も来年2月5日には失効を迎えます。INF条約と同様、このまま失効するに任せるのか、それとも新たな核軍備管理枠組みへと踏み出すのか…というのが前号のプーチン発言につながってくるわけですが、では現実に米露間でそうした合意は可能なのでしょうか。
 現在のところ、米露の間では新STARTを1年延長するという案が議題になっており、これに合意できれば稼ぎ出した1年間で新たな核軍備管理枠組みを作ることは不可能ではないと思います。
 しかし、そのためには乗り越えねばならない障害がいくつか存在します。
 第一に、そもそも新STARTの延長が可能かどうか。
 まぁ無条約状態になってしまっても交渉はできますし、実際、START I(第一次戦略兵器削減条約)から新STARTへの移行に際してもギャップはあったのですが(正確にいうとこの期間中にも戦略攻撃能力削減条約(SORT)は存在していたが、同条約は非常に簡易なものであったのでSTART Iがないと検証などの措置が機能しなかった)、戦略的安定性という観点からいうとやはり切れ目のない形で軍備管理枠組みが存在しているのが望ましい。
 ただ、新STARTの延長といっても、その字面から受ける印象ほど単純な話ではありません。INF全廃条約が存在していた時代ならば、衛星などで確認できる大型ミサイルは基本的に戦略核兵器であると想定することができたのに対し、今となってはそれが中距離弾道ミサイル(IRBM)なのかICBMなのかは当事者にしか分からなくなっているためです。
 理屈から言えば、「いや、これはIRBMなんで制限外ですね」ということだって言えてしまうことになります。ロシアが以前に開発していたRS-26ルベーシュなんかはちょうどIRBMとICBMの間くらいのサイズ・性能のミサイルでしたから、実際にこういうことは起こり得ます。

 そこで米国は今回の新START延長に当たり、「全ての核弾頭の保有数凍結」という条件を持ち出したようです。
 10月5日に『ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)』のマイケル・ゴードン記者が独自に報じたところによると、これはロシアのリャプコフ外務次官と米国のビリングスリー代表がヘルシンキで会談した際に提案されたもので、「全ての射程のシステムに搭載される核弾頭」及び「保管されている核弾頭」を含むとされています。

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