見出し画像

第175号(2022年5月11日) ロシアの動員能力を考える

【NEW CLIPS】赤の広場での戦勝記念パレード(2022年5月9日)


【インサイト】ロシアの動員能力を考える

プランA、B、Cはどれも失敗

 ゴールデンウィークを挟んでしばらく間が空きました。
 この間、ウクライナを巡る戦況はまた新たな段階に入ってきたように見えます。西側からの重戦力支援を受けたウクライナは東部におけるロシア軍の攻勢にもどうやら持ち堪えているようであり、ハルキウやイジュームの周辺では反攻に出てさえいるのではないかということです。

 今回の戦争ですっかりお馴染みになった米戦争研究所(ISW)の戦況図がわかりやすいでしょう。たとえばハルキウ周辺では、ウクライナ軍は北部、北東部、南東部でロシア軍を大きく押し返し、この過程では西部軍管区第6諸兵科連合軍の1個旅団(第138自動車化歩兵旅団)がロシア領内への撤退を余儀なくされたとのことです。ドンバスでもイジュームを策源地とする攻勢はウクライナ軍の激しい抵抗でほとんど進んでいません。
 総じて言えば、ロシア軍はウクライナ北部の占領を当面諦めて東部の攻勢に集中しようとしたものの、これもうまくいっていないということです。ロシアの「プランA」がごく短期間でのウクライナ指導部の捕縛ないし殲滅であったとすれば、これは失敗し、代わって採用された全面侵攻(プランB)も、それを修正した東部攻勢(プランC)もやはりダメだった、ということになるでしょう。

プーチンは何を語ったか

 こうした中で注目されていたのは、プーチン大統領が5月9日の戦勝記念日で何を言うのかでした。
 当初は大量破壊兵器を使ってでもウクライナ軍を圧倒し、勝利宣言を目指すのではないかとされていたのですが、どうもこれも難しいということがわかってくると、別の可能性が囁かれるようになりました。つまり、「特別軍事作戦」を公式の「戦争」に衣替えし、大規模な動員を発令するのではないかということです。例えば英国のウォレス国防相は4月末の時点でこのような可能性を指摘していました。

 では実際に5月9日の戦勝記念日にプーチンが何を言ったのか。当日の演説内容を簡単にまとめると以下の通りです。

・ロシアは平等な安全保障システムの構築を唱え、昨年12月にはその具体的な提案を米国とNATOに対して行ったが聞き入れられなかった
・むしろ「ロシアの歴史的な領土」であるクリミアとドンバスへの侵攻が計画されていた。さらにウクライナは核兵器を開発しようとしており、NATOはウクライナ領土内で軍事力を増強しようとしていた
・これはロシアにとって受け入れられない脅威であり、米国とのそのジュニア・パートナー(であるウクライナ)のネオナチ、バンデラ主義者との対決は避けられないものとなった。したがってロシアは先制的に侵略を撃退することを余儀なくされたのであり、これは唯一の正しい選択であった
・冷戦後のアメリカは世界で独占的な地位を得ようとし、世界全てを飲み込もうとしたが、ロシアはこれに抗った。これに対して西側は歴史を改竄し、ロシア嫌悪を煽った。また、米国はロシアを内部から弱体化させようとしている

 このように、プーチンは今回の戦争を正当化する一方で、それ以上のことは何も言っていません。何らかの成果を誇るとか(誇るべき成果がないのだから当然ですが)、総動員を掛けて戦況を覆そうという話はありませんでした。
 同時に、プーチンの言説には、妥協の気配も見られません。全体的には開戦当時の言い分のダイジェストで繰り返しているようで、ウクライナの政体を転覆する以外に道はないと言っているような印象です。

あらためて浮上する総動員説

ここから先は

3,596字

¥ 300

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?