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第130号(2021年5月24日) 新テクノロジーと戦争、北極の三つ葉 ほか


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【レビュー】新テクノロジーと(あくまでも戦争である)新時代の戦争

 ドイツのヘルムート・シュミット大学の研究プロジェクト、Defense AI Observatory (DAIO)から興味深いレポートが出ました。
『誇大広告にご注意(Beware the Hype)』と題されたもので、ウクライナ、シリア、リビア、ナゴルノ・カラバフの4つの紛争において、新興技術が実際にどのような役割を果たしたか(果たさなかったか)が詳細に分析されています。
 いずれもロシアが関与したものであり、先般上梓した拙著『現代ロシアの軍事戦略』とも重なる部分が多いので、今回はこのレポートをレビューしてみましょう。

 このレポートは、技術決定論(誇大広告)に警鐘を鳴らすものと言えるでしょう。特に重点が置かれているのは無人航空機(UAV)が実際に戦場で果たした役割ですが、これを含めて新興テクノロジーはまだ戦争のゲーム・チェンジャーにはなっていないとしています。
 本レポートの分析枠組み(第3章)は次のようなものです。戦争の変容をもたらす要素には、概念的/文化的、組織的、技術的なものに三分類することができ、より大まかにいうとソフトウェアの領域とハードウェアの領域に分けることできる。このうちの技術=ハードウェアの領域だけに注目すると過大評価が生じて分析を誤らせるだろう、とレポートは述べます。というのも、戦争の変容というのは固定的な結果ではなくプロセスなのであり、そこではある要因(たとえば新興技術)を別の要因が倍加したり無効化することが起こるからだ、という訳です。
 このようなプロセス的思考は、ハードウェアとソフトウェア双方の領域に、しかも横断的に及びます。前者においては、新興技術を、そのユーザーである軍隊がどのように受容するのかが鍵であるとされています。つまり、UAVのような新兵器が登場したとして、それを使いこなすだけの運用コンセプトがなければ有人機を無人機で置き換えただけで終わってしまう(=新しい戦争遂行方法にならない)。
 また、現代の戦争がますます複雑化していることを考えれば、新興技術の一要素だけを取ってきても無駄であって、それをシステムの一部にどう位置付けるか(たとえば指揮通信統制システムの一部にどう組み込むか)はその国の軍隊の能力や力量に大きく左右されるでしょう。
 一方、ソフトウェアの領域においては、そもそも政治指導部が次なる戦争をどのようなものとして構想し、それをいかに戦うか明確なビジョンを持っているかどうかが鍵になります。
 しかも、新興技術をどう受容するかは各国の軍隊によって異なり、同じ国の軍隊でも軍種によりまた違いが出ます。さらに新興技術を受容することは失敗のリスクとも隣り合わせであり、場合によっては他国の成功を待ってから受容した方が有利な場合も出てくる。この辺の感度とリスクテイキングへの許容度も、国によって大きく変わってくるというのが本レポートの基本的な認識です。
 
 続く第4章では、前述の4つの紛争における実例が詳細に検証されます。この辺は拙著でも扱った部分ともかなり重複するので詳しくは扱いませんが、UAVはたしかに大きな役割を果たしたが、それ単独では戦争の勝敗を左右するものではなかったことが実証的に分析されているのが目を引きます。
 鍵となるのは、UAVのような便利な新兵器が活動できる環境をいかに獲得・維持するかであり、この意味では防空(AD)と電子戦(EW)が同じくらい重要性を有していたことが強調されています。つまり、適切なADとEWが展開されている状況では無線操縦型のUAVの効果は大幅に減退し、逆にADやEWが不在の環境でこそ有効な手段であったということです。
 興味深いのはトルコのバイラクタルUAVが活躍したリビアでの戦闘の分析で、ここではトルコのEWが大きな効果を発揮し、しかもロシア製のパンツィリ-S1防空システムは広域ネットワークに接続されていなかったためにUAVに対するAD任務が果たせず、逆に各個撃破されていったことが論証されています。このような構図から明らかなように、UAV、AD、EWはそれぞれ補完的な関係にあり、それをどう組み合わせるかがカギ、ということになるでしょう。

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