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ウォーキング・セラピーは「どこでもいい」「ただ歩けばいい」わけではない

(『ウォーキングセラピー』から抜粋 その3)

<ストレスやうつ病を軽減する「ウォーキング・セラピー」。どのように準備するか、どこを歩くか、どのように歩くかを、その第一人者である臨床心理士のジョナサン・ホーバンが指南する>

2014年にイギリスで診療所「ウォーキング・セラピー・ロンドン」を開設した臨床心理士のジョナサン・ホーバンは、「ウォーキング・セラピー」の第一人者。

自然の中を歩くことで、ストレスや不安、さらには依存症、うつ病までも軽減されるという、欧米で注目を集める心理療法だ。

ここでは、ホーバンの著書『ウォーキング・セラピー ストレス・不安・うつ・悪習慣を自分で断ち切る』(井口景子・訳、CCCメディアハウス)から一部を抜粋し、3回にわたって掲載している。

最終回となる今回は、どのように準備するか、どこを歩くか、どのように歩くかといった、ウォーキング・セラピーの具体的なやり方について。なお、ホーバンによれば、スマートフォンなどの電子機器はできるだけ自宅に置いていくべきだという。

※抜粋第1回:欧米で注目を集める「歩くだけ」心理療法、ウォーキング・セラピーとは何か
※抜粋第2回:ウォーキングは、脳を活性化させ、ストレスを低下させ、つながりを感じさせる

◇ ◇ ◇

「狼の群れに入ったら、狼のように振る舞え」
ニキータ・フルシチョフ(ソビエト連邦最高指導者、1953〜64在任)

狼は観察眼の鋭い動物です。野生動物の常として、状況を的確に観察し、直感を駆使して正しい判断を下せなければ、命を落とします。

一方、現代社会に生きる私たちは、観察するよりもむしろ、観察されながら生きています。どれほど高い地位にあっても――あるいは、出世の階段を上れば上るほど――常に裁判にかけられているような感覚を覚えるかもしれません。まるでサーカスの動物のようにパフォーマンスの出来を評価され、私たちを評価する人もまた、もっと上の誰かに評価されています。

さらにプライベートでも不安に駆られ、自問自答が続きます。自分はいい親だろうか、いい夫・いい妻だろうか、私は何者なのだろう......。1章で見たように、こうした疑念や恐怖心、不安が心に雑音を生み出し、体にストレスを与えます。

そんなとき、人の視線を気にせずに真正面を向いて周囲を観察し、あらゆる方向から押し寄せる雑音をシャットアウトできれば、直感を解き放ち、本当の自分の声を聞けるようになります。

自然の世界は、穏やかで平和です。そうした環境に身を置き、とりとめもなく考えながら歩くうちに、有意義な思考が浮かび上がってきます。そうやってたどり着いた「本当の自分」は、他人の意見や態度に左右されることなく、独立した個人としてのあなたに必要な決断を下してくれるはずです。

困難な状況を冷静に分析できるようになると、「私にはできない、やらない」と言っていた自分から、「私ならできる、やってみせる」と言える自分に変化していきます。自分の裁量で行動しているときの力強い感覚がよみがえってくる瞬間を、きっと実感できることでしょう。

初めのうちは簡単ではない場合もありますが、ウォーキングが可能な場所ではとにかく試してみることをお勧めします。練習を重ねるほど上達するのは世の常ですから。

最後にもう1つ、ウォーキング・セラピーを始めるに当たって、ぜひ心に留めておいてほしい点があります。歩き始めると、頭の中で色々な声が聞こえてきますが、良い物語にも悪い物語にも耳を傾けましょう。物語の結末を変える力はあなたの中にあるのですから。

準備体操をする

では、ウォーキング開始に向けて順を追って解説しましょう。まず、スケジュール帳に歩く時間を書き入れます。仮定の話や言い訳は禁止。1週間先までの予定を確認し、ウォーキングのための1時間を確保します。

1時間なんて長過ぎる? そんなことはありません。どんなに多忙な人でも1週間に1時間くらいはひねり出せるはず。スケジュール帳やオンラインのカレンダーに今すぐ書き込んでください。

歩く時間帯は、朝でもランチタイムでも夕方でも構いませんが、個人的には朝をお勧めします。新鮮な気持ちを感じやすく、一日の準備体操として心を整えられるからです。

書き入れましたか? 私はこの本を通して、皆さんに指図するような態度はできるだけ控えるつもりですが、約束事が極めて重要な局面があるのも事実です。ウォーキングの予定を書き入れることは、そんな約束事の1つ。変更不可の「絶対に尊重されるべき務め」を設定しておくことが、弱気になったり、先行きに不安を覚えたりしたときに自分の力を信じる土台となります。

どこを歩くか

やみくもに歩き始める前に、自宅の周辺環境を観察しましょう。都会? 郊外? それとも田舎? 田舎であれば、緑豊かなエリアや小道を探すのは難しくないでしょう。一方、都会や郊外の場合は自然が少ないと考えがちですが、実はそうでもありません。ロンドンだけでも、3000以上の公園と、3万5000エーカーの緑豊かな公共空間、そしてなんと800万本もの街路樹があります。つまり、どんな大都会の住人にも、自然豊かな場所を見つけられない理由などないわけです。

自然の中を歩かなければウォーキング・セラピーの効果を得られないわけではありませんが、可能な限り、緑の多いエリアを探すことは重要です。たとえば、通勤の一部を徒歩に変えてはどうでしょう。1時間早く家を出れば、ウォーキングをしても始業時間までに職場に到着できます。仕事を終えた後に公園や森、川沿いの道を選んで徒歩で帰宅するのもいいでしょう。住んでいる地域の地図を広げ、緑の多いエリアや散歩にちょうどいい道を探してみましょう。

(中略)

歩き方

「歩き方」と言われても、一方の足をもう片方の足の前に出す動きを繰り返すだけ......と思っていませんか。それは誤解です。

皆さんは、ウォーキング・セラピーという冒険に初めて挑もうとしています。つまり、不安や気分の落ち込み、ストレスなどと向き合う道を選んだわけですが、そうした内面の現状は往々にして、動きが遅い、視線が下がる、肩を落としているなどの形で外見にも表れています。

重荷を背負っているような感覚は、すぐには消えないでしょう。それでも、「荷物」を軽くするためにできることはあります。頭を下げて歩く代わりに、姿勢を意識してまっすぐに立ち、目的と自信を持って歩いてみましょう。

「自信のあるふり」でも構いませんから、まずは5〜10分試してみること。「ふり」であっても、6章で解説する「ピグマリオン効果」が期待できますが、今の段階では、自信を持って歩くことには意味がある、とだけ覚えておいてください。

しっかりした姿勢で歩いているときには、脳から体に「思い切って力強く動け」と指令が送られています。また、思い切り体を動かせるようになると、それが自己肯定感を醸成し、さらなる自信を生み出します。一つ一つの動きが神経ネットワークに影響を与えますから、この訓練は、ウォーキングに前向きに取り組むための効果的なエクササイズとなります。

ネガティブなエネルギーをポジティブなものに変換できる点も、この訓練の効能です。それも一時的ではなく、長期的に。前向きなエネルギーが積み重なると徐々に、意思決定の際に自信を持って決断できるようになり、不安や先送りを減らすことにもなります。


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※この記事はニューズウィーク日本版より転載しています。


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