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夜の友だち

まだ、ほとんど学生みたいな暮らしをしていた頃。
深夜ドライブが好きだった。
そろそろ日付が変わる。そんな時間に友人から「今からドライブ行かね?」ってメールが来て、15分後くらいには車に乗っている。
1〜2時間くらい走って夜景を見たり、思い付きで海に出て釣りをしたり、遠くの山に朝日を見に出掛けたりした。
だいたいボリュームを絞ったラジオをつけているけど、私たちはそんなの聞いていなかった。いつも、どちらかがずっと喋ってた。
週2〜3回は会って、多い時は毎日のように会っていて、どの恋人よりもずっと長く付き合いがあって、どの恋人よりもいっぱい喋った。
退屈な夜は、二人で出かけて互いの単なる暇潰しに付き合う。
音楽の趣味が半分くらい合って、その他の趣味も半分くらい合う感じで、異性としては全然魅力的ではないけど、サイコーに面白い人だった。
彼はただの友人で、互いに恋愛感情なんて無かった。(いま思えば、本当は、あったかもしれないけど。二人とも、幸せじゃない恋よりも、バカみたいな友情を選んだのだと思う。)

時々、彼と最後に会った夜を思い出す。
ある日、突然、いなくなった。仕事を辞めて、アパートも引き払っていた。
そして、数年後のある日、突然、また連絡があった。

「今からドライブ行かね?」

たった一言のメールに思わず笑って、速攻で「行こうぜ。」と返す。
翌日は仕事だったけど、そんなのどうでもよかった。
久々に会った彼は、別人みたいな身なりをしていた。(もしかしたら本当に彼の振りをした別人だったのかも知れないけど。)
彼の乗ってきた車はどこかのレンタカーで、だけれど赤いスポーツカーだった。
私たちは、昨日の続きみたいに他愛もない話をして、夜の街を走り抜ける。郊外の、夜景の見える小さな山に登って、街明かりの遠くに見える海を眺めた。

彼は唐突に、「太平洋の真ん中ってさ、水平線しか見えないんだよ。」そう言って、煙草に火をつけた。
「まあ、海の真ん中だから、当たり前なんだけどさ。」
「うん。」
「何日も、何日も。水平線だけ見てるとさ、世界から取り残されたみたいで自分がわからなくなる。」
彼は、繰り返す日の出と夕日だけの世界で、私を思い出したのだという。
「なんか、きっと、お前はずっとこういう景色を見てるんだろうな、って思ってさ。」
「やだな、私、そんなところ行ったことないし。」
「例え話だよ。例え話。」

それから、彼は船の上の生活の話をした。
時折、船に寄ってくるイルカやクジラの群れが、船の男たちの唯一の娯楽だったこと。空が暗い夜の間は、船室の外には出てはいけない事。

夜の海に吸い込まれるから。

そう言ってタバコを消すと、帰るか、と歩き出す。
「今朝、喫茶店でさ、ゆで卵を剥いてたら、お前に会いたくなって。」
「なんでゆで卵。」
「お前ってさ、ゆで卵みたいじゃん。中身を潰さないように堅い殻をやっと割っても。半透明な薄い膜があってさ。見えてるのに、絶対に触れさせない。しかも、壊さないとキミは見えない。」
「へぇ。」
「例え話だよ。例え話。そんな目で俺を見るなよ。」
「どんな目?」

夜の海。

それから、いつものように家まで送ってくれて、彼とはそれっきりだ。
あれから15年くらい経って、今でも私は深夜ドライブが好きだ。
免許がないから、運転するのは主人だけど。

時々、彼のことを思い出す。
彼は、例え話が好きだった。ゆで卵を剥くのは下手だった。いつも、部屋が散らかっていて、袖の伸びたパーカーとボロボロのジーンズを履いていた。

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