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人生はじめて「ちゃん」付けで呼ばれる日

日本人の皆さんのほとんどは、人生はじめて「ちゃん」付けで呼ばれる日のことを覚えていないではないでしょうか。子供のころから、両親や周りの人たちに「ちゃん」付けで呼ばれていたからです。

私は、覚えています。

日本に来て四年目、新卒として内定した会社の入社式の日です。

私は上海の大学で日本語を専攻しました。

はじめての日本語の授業で、先生に自分の名前の日本語の発音を教えてもらい、そしてその名前には「さん」付けで呼ぶべき、と教えてもらいました。「さん」は、最初に勉強した日本語の言葉の一つで、クラスメートと「さん」付けで呼び合いながら、アイウエオを一生懸命覚えていました。

時が流れ、私は学部を卒業し、東京の大学院に進学しました。カタカタすら書けない人間から、日本語で太宰治をスラスラ読める人間になりました。人の名前には「さん」だけではなく、「ちゃん」「様」「たん」「御中」など、色々な言葉が付けられると知りました。しかし、最初に覚えた日本語の呼び方があまりにも定着しすぎたせいか、一緒に日本語を勉強した仲間たちとは、どれだけ親しくなっても、なぜかいつもお互いに「さん」付けで呼んでいました。

浪人の一年半を含め、私は大学院に三年半通っていました。日本語学部卒とはいえ、日本にきたばかりの頃はスピーキングがそれほど上手ではなく、しかも壊滅的な人見知りで、日本人に話しかけるだけでかなりの心構えが必要です。さらに所属している研究室は中国人だらけで、気付いたら中国人留学生としか話していない毎日でした。

上海の大学の日本語学部に四年間在学し、さらに東京の大学院に三年半在学しましたが、私のことを「ちゃん」付けで呼ぶ日本人の友達が一人も出来なかったです。もちろん誰かのことを「ちゃん」付けで呼ぶこともなかったです。誰とでも、「さん」止まりの関係のままでした。

日本に留学しているとはいえ、私は毎日の暮らしではなくフィクションを通じて日本を知りました。ドラマやアニメで、かわいい女の子たちが親しげに「ちゃん」で呼び合うシーンを観ると、たまにモヤモヤしてしまいます。人々が「ちゃん」で呼び合うことがフィクションの世界でしか見たことがないので、「ちゃん」付けとは何か特別なことかと思いました。

私にはああいうかわいい発音が似合わないかな、と思ったりもしました。

そんなコミュ障な女子留学生は予想通りに就活で落ちまくり、巡り巡っていまの会社に出会いました。大手ばかり受けていたのに、なぜか無名なベンチャーに入社することとなり、「なんか今まで面接した会社と全然違って、偉そうな雰囲気がなく、自然体でいい人たちだな」だけが決め手だったかもしれません。

そして入社式で自己紹介をしたら、初対面の社員たちに「じゃあそんちゃんと呼んでいいですか?」と言われました。

「えっ?いいですよ!」とびっくりして答えましたが、その日の出来事は何もかも新鮮過ぎて、「ちゃん」で呼ばれたくらいには特に何も思いませんでした。

数ヶ月後の何もない日に、「あれ、あの日私人生はじめて『ちゃん』付けで呼ばれたかも」とようやく気付き、ほろ苦い気分になりました。

はじめて「ちゃん」付けで呼ばれる日まで、「ガイジン」である私は「ニッポン」にとって、よくいうとお客様、悪くいうと部外者でした。留学生という身分では、そういう立場になりやすいでしょうか。周りの人とは「さん」付けの関係でも「ちゃん」付けの関係でも、学校の試験には合格できるからです。日本にいる外国人は、人間関係で「さん」止まりの人も少なくないかもしれません。

しかし日本で働くということは、お客様/部外者ではなくなることです。仕事は仲間としかできないのです。「さん」付け、「ちゃん」付け、呼び捨て、あだ名など、仕事のチームは色々な呼び方、様々な人間関係で構成されています。私にとって「ちゃん」付けで呼ばれることは、日本人の人間関係を知り始め、日本社会に入り込む最初の一歩みたいなことでした。

いまの私は社会人2年目で、学生時代に想像していた以上に元気に働いています。やはりキャラがちょっと違うだろうか、それとも日本語としての響きが変だろうか、会社で「ちゃん」付けで呼ばれることが少ないです。その分、「ちゃん」付けで呼ばれたら、ちょっと嬉しくなります。

日本人の皆さん、そして「日本」と仲良くなれて、よかったです。

#やさしさにふれて

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