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Cの時代 ~終身雇用と囚人労働で韻踏める~

「それでは、弊社を志望した理由を教えてください」
「はい。私は広告の仕事を通じてお客様に商品の魅力を知ってもらい、より豊かで便利な社会の実現に貢献したいと考えております。その上で御社を志望した理由は――」

エントリーシートとほぼ同内容の文言がすらすらと口から流れていく。
でまかせ、でもないが、自分が本当のところで考えていることとは随分かけ離れている。
顔の整った若い人事は私の言葉に微笑みをたたえながら耳を傾け、その隣に座る白髪混ざりの中年は無表情でメモを取り続けていた。

ちょっと、オジサン。私の顔見なさいよ。景気づけに折角1次面接と違う口紅付けてきたんだから。
…なんて思いつつ、舞台経験で鍛え上げられた笑顔をへらへらと向け続ける弱気な自分が容易に想像できた。

昔から、ずっとそうだった。

引っかかること、おかしいと思うこと、自分が分からないこと。
言葉や所作の中に少しでも違和感を(良い悪い関係なく)覚えると、
それが何故なのかを理解することに必死で、次に進めない。

だから、その言葉を、その動作をどうして取ったのか知りたくて、
それに付随する話題を人に振ってしまう。

流れていたはずの何気ない会話が私のふとした疑問によって中断されるのだから、
「話が飛んでいる」と指摘されることも少なくなかった。

「はい、それでは、次に――」

若い人事が机の上のシートに目をやりながら面接を進める。
逸れてしまった思考を軌道修正しようとするも、彼の言動が気になって仕方がなかった。

それでは、って。

今エントリーシートに書いてある志望動機とほぼ変わらない事を言ったんだぞ? 
それに関して思うところはないのか。何の疑問も抱かないのか。
それとも、彼が見ていたのはエントリーシートと同じことが言える暗記能力か? 
もしくは、文章で書いたことを自分の口で言わせる、いわば意思確認? 
でもそれなら言質よりエントリーシートの方が物的証拠になるような……

「はい。私が学生のうちでもっとも頑張ったことは――」

第一、彼はこういった面接を何度もしているはずだ。それにも関わらず、なぜわざわざ質問項目を確認するのか。自分に自信がないのだろうか。または、隣の中年が彼の上司なのだろうか。

「――ということを学びました」

中年がペンを置いた。鋭い、とはまた違った眼光を向けられる。バターのような色の黄ばんだ白目に、開いた瞳孔。それを鋭いと捉えるのかもしれないが、私にはなんだか世の中の排気ガスか何かにまみれて濁った瞳にしか見えなかった。
思わず、目を細めた。中年にではない。二人の後ろにある格子のはまった窓ガラスから西日が強く差し込んできたからだ。

中年が私に何かを質問した。
笑って切り返しながらも、上手く彼の輪郭を掴むことができない。西日の差し込む格子状の窓はまるで独房のように感じた。

同じような質問、同じような返答、同じようなリクルートスーツ、同じような髪型…

もしかして、就活は終身雇用なんじゃなくて囚人労働の間違いなんじゃないだろうか。

そう思った途端、ブラウスの下の皮膚が冷たくなるのを感じた。

ここから逃げなくちゃ。
訳の分からない危機感を覚える。

けれど、笑顔を取り繕わずにはいられない自分。就活から逃げることが怖くて、就活が早く終わる、つまり早く会社を決めてしまおうという焦燥感に危機感をすり替える自分。

中年が私の言葉に頼んでもいない意見を述べ始めた。
若い人事はそれを熱心に聞く振りをしていた。

彼は、この就活というシステムに何の疑問も抱かったのだろうか。

志望動機も、学生時代に頑張ったことも、会社に入ってやりたいことも、
その言葉や経験だけが「あなた」なのか。

大学4年間、365✕4日も生きていて、そんなわけない。
それがあなたの全てじゃない。
毎日毎日、何気ないことを感じて気が付いて生きているはずだ。

それなのに、与えられた質問に対して
求められるような答えを用意する。
それでその人のことが本当にわかるのだろうか。

月曜から金曜まで一緒に働く人のことを分からないままでいることを
「怖い」と思ってしまうのは私だけか。

おかしい。

おかしい、と言えば。
面接中でもあるにも関わらず、先日のことがふと頭によぎった。

平日なのにラフな私服で何かを見ていたおじさん。無職にしては、小綺麗な格好をしていた。
彼は一体、何を見ていたのだろう。

無意味な言葉を連ねながら、
彼の瞳の色を思い出そうとするのだった。

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