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time passes

 カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。頭上の掛け時計が均一な速度を保って時を刻んでいる。それがいつもに増して大きく聞こえるのは、寝ている間に切れるようセットしているエアコンの音がなくなったからか、普段の就寝時間を当に過ぎていることにより身体が思考をもおやすみモードへ切り替えてしまったからか。どちらにせよ、目の前に置かれたパソコン画面は右下に3:54という文字を浮かび上がらせている。午前中の郵便配達が行われるリミットまで約4時間。にも関わらず、開かれている私のWordには名前と日付、そして「あなたが考える価値ある新商品を企画してください」という一文しか書かれていなかった。 ビールが好き、というたったそれだけの動機で応募した大手飲料メーカー。大学1年生の頃からベンチャーでWEBメディアのディレクションをやっていたくらいだから、企画を考えるなんて造作もないことだと思っていた。けれど、サークルを引退していざ就職活動直前と周りに流されるまま次々にエントリーを始めると、脳内に墨汁をとろとろと垂らされていくかのようで何も思い浮かばなかった。そもそも、ここは本当に行きたい企業なのか。行ったところで自分が楽しく働くことができるのか。というか、自分は働きたいのか。働くってなんだよ。ああ、違う。こんなこと考えている場合じゃない。今はこのエントリーシートの下書きに集中しなきゃ。

カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。時間は無情にも動きを止めたままの私を置いて流れていく。

カチ、カチ、カチ、価値、カチ、価値、カチ、価値、価値、価値……

私の価値って……何だろう。

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