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Cの時代 〜リクルートスーツ〜

2018年10月10日(水)

 10月も10日を過ぎているのに20℃を超す蒸し暑さ。秋の気配すら感じないダラダラと続く残暑に少し飽き飽きしていた。夜の肌寒さを過ごすには半袖だと心許無いので、外出する時は、半袖の上にロングの薄手ジャケットを羽織るのがここ2~3年の長い残暑を過ごすスタイルとなりつつあった。
 会社を立ち上げてから5カ月、少しずつではあるが、今までの付き合いから仕事をいただけるようになり、会社に血液が流れ循環し始めるのを肌で感じられるようになりつつあった。

 今日も、午後から赤坂で打ち合わせのため、事務所のある東急田園都市線用賀駅から地鉄に乗って銀座線の赤坂見附駅へ向かおうとしていた。

13時08分の久喜行の電車に乗るため、渋谷方面上りのホームに降りると思いのほか人影が多い。平日の昼間なのに、学生やサラリーマン、母子、老人など何の目的で何処に向かおうとしているのかわからない人で溢れている。

「みんな、どこに行くんだろう?」

ふと、ホームにある鏡を見ると、「お前こそどこに行くんだ?」って突っ込みを入れたくなるほど職業不明の恰好。学生やサラリーマンの方が、属性が見える分だけ怪しさはない。フリーター風情の謎の中年。お前の方が異質だ。

電車が来るまで、あと5分ほどある。
空いてるベンチを探してみるが、席は埋まっていて座る場所がない。

「しかたない、立って待つか」

電車を待ってる間、スマフォでヤフーニュースを確認。
川崎麻世離婚裁判、築地市場が明日開場・・・どうでもいいタレントがテレビで発言したどうでもいい内容。恋愛、整形、スポーツ、政治、経済、ニューヨーク株式市場ダウ急落。全てが自分の世界とかけ離れた出来事、YouTubeの動画をダラダラ見るように、ダラダラとしたニュース。何かが覆い隠されている断片的な情報。ここ数年、メディアから発信される情報への興味関心がめっきり失せてしまい情報に対して感情やモラルを持って考えることが皆無になってしまった。

「どうでもいい」

何かを思ったところで、世界はマグマのように広がり全てを覆いつくしていく。

気づくと、目の前に電車が到着していた。
スマフォをジャケットのポケットにしまい、降車する人を優先する為、少し横にずれて人が降りてくるのを待った。用賀には、駅ビルや砧公園、世田谷美術館があるせいか、ことのほか人が降りてきた。自分では用賀ローカルだと思っているが、この場所に行き交う人の多さに毎度のことながら少し驚く。

「みんな、どこに行くんだろう?」

電車に乗ると、座席が8割ほど埋まっていたが、30代のサラリーマンと70代くらいのおばあさんの間が空いていたので席に座ることにした。
座って音楽を聴こうと、iPhone8にイヤホンをさしてiTunesを立ちあげた。プレイリストからお気に入りのアイドル「あゆみくりかまき」を選択。あとの選曲は、シャッフルにお任せ。一曲目は、アルバム大逆襲から「つながり」・・・。

音楽を聴きながら、少し落ち着いて、打ち合わせの内容や仕事の事を頭の中で整理していると、斜め前にリクルートスーツを着た女の子がドアに寄りかかりながら立っていた。

「学生かな?」

少しだるそうな表情でボーっとしていた。

「・・・大変だな」

リクルートスーツを見ていたら、ふと自分が学生時代に一瞬だけリクルートスーツを着たことを思い出した。

大学4年の夏休み、1カ月半のインド旅行から帰ってくると、多くの同級生の内定が決まっていた。自分自身は、ほとんど就職することを諦めていたが、何となく、親や友達や周りの目を気にして就職活動をしてみようかと思い大学の就職課に相談しに行った。当時40代だと思われる就職課の指導員は、僕の話を熱心に聞いてくれいろいろとアドバイスをしてくれたが、どこか本質からズレている気もしながら、

「会社ってそんなもんかな?」

と漠然と思いながら、紹介してくれた中堅の印刷会社の面接を受けることにした。
絵を描いていたことから、出版関係志望を伝えたが、ほとんどの内定は終わっている上に内定は狭き門だということで、出版業界に近い印刷会社を紹介された。

「働くってそういうことなのかな?」と軽い疑問を感じながらも、就職活動というものをしてみようという気持ちになった。

一通りの書類を用意し、3週間後に面接させてもらえることになった。

面接当日、筆記試験が終わった後、会社の会議室に通され人事部長なる50代くらいの男性が出てきた。人事部長から、「早速だけど、うちの会社を志望した動機は?」という質問をされ一気に困ってしまった。

「・・・そもそも志望してない」

そんな事を言えるはずもなく、口籠っていると、

すかさず、「うちの会社入りたいんでしょ?」と畳みかけられ、

「入りたいんでしょ?は?ん?」何を言われたのかほとんどわからなかったが、就職活動とは、入りたい事を前提に話が進んでいくということをこの時はじめて理解した。

つい反射的に、「いや、入りたいかどうかわからないです」と本音で答えてしまった。

その後の、人事部長の困り果てた顔。冷ややかな目。終わった。
ただただ時間を潰すだけの30分。
「社会とは?世の中とは?」的な説教じみた会話をされ、
「インドっ刺激的で面白いですよっ!僕の絵見ます?」って話をしようと思ってスケッチブックを持っていったがアホらしくなってやめた。

「そうか、個人の体験なんて本当はどうでもいいのか」
30分の間に、いろんなものを感じ、僕の就活は終わった。

インド面白かったし、一人の人間が生きることくらいなんとかなるだろう?と思い、僕は就活というレールに別れを告げた。

前作:
Cの時代 〜渋谷という街〜
https://note.mu/cawacchi_s/n/nec4a77adb163

#就活
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#小説
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