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カニ食えるなら虫も食えるでしょ

目を覚ませ

 まず、下のズワイガニをまじまじと見てほしい。

ズワイガニ

 「美味しそう」って思った人はカニの美味しさに洗脳されている人だ。しかし、洗脳されるのも無理はない。誰でもカニを一度食べてしまえばその美味しさの虜になってしまう。でも、その味をいったん忘れて(そんなことはカニの美味しさを知った後では不可能だが)カニを凝視してほしい。

 キモい。ブツブツの表面に長くて多い脚で、蜘蛛みたいなシルエット。三島由紀夫は彼の著書『不道徳教育講座』で「カニという漢字を見ただけで、その形を如実に思い出して、卒倒しそうになる」と語っている。「蟹」と言う漢字にもしっかり「虫」が含まれている。なんでこんなキモい生き物を食えるのか甚だ不思議である。

 カニの生物学的系統

 カニは甲殻類に分類される。甲殻類にはカニの他にもエビ、フジツボ、ミジンコ、ヤドカリなどが含まれておりその多くが水環境で生息している。陸上では、ワラジムシやダンゴムシの仲間などが甲殻類に含まれている。

 甲殻類は節足動物の分類群の一つである。現生の節足動物は、鋏角類、多足類、汎甲殻類の大きく3つの系統に分類される。鋏角類はウミグモ、カブトガニ、サソリ、ダニ、クモなどが代表的であり、鋏角と呼ばれる爪のような摂食用の付属肢を持つ。多足類はムカデ、ヤスデなどが代表的であり、多くの脚を持ち、東部には一対の触角と口器に変形した3対の付属肢がある。汎甲殻類は昆虫、ザリガニ、エビ、フジツボなどが代表的である。

 2010年の系統ゲノム解析の研究により陸生の昆虫類は、陸生の多足類よりもロブスターや他の甲殻類に近縁であることが分かり、従来の昆虫類と甲殻類の系統群をまとめて汎甲殻類と分類された。このように、昆虫とカニやエビなどの甲殻類は非常に近縁であることがわかる。

出典:キャンベル生物学原書11版

 よく昆虫の味がエビやカニに例えられるが、昆虫と甲殻類は非常に近縁であるため、形質が似ているからだと理解ができる。受け入れ難いかもしれないが、昆虫とカニなどの甲殻類は現代の生物学では汎甲殻類という同じグループに属しているのだ。エビやカニを食べることは生物学的に昆虫を食べることとそんなに違いはない。

なぜカニは食べることが出来て昆虫は食べられないのか。

 上で述べたように、エビやカニと昆虫には生物学的にそれほど違いがないことがわかった。生物は収斂進化をするとはいえ、一般に生物学的な分類が遠くなればなるほどその形質も異なったものになる。だから、脊椎動物である人間は自分の身体と異なった形質をもつ無脊椎動物の多くを気持ち悪いと感じるのだろう。しかし、日本人はエビやカニなどの特定の無脊椎動物には食べることにそれほど抵抗を感じない。

 無脊椎動物として日本人に抵抗なく食されているものは、カニやエビの他にもタコ、イカ、貝類などの軟体動物や、棘皮動物であるウニなどが挙げられる。ここで注目すべき点は、日本人が口にする無脊椎動物のほとんどが水生生物であるという点である。

 水生生物のほとんどは陸上に上げてしまえば衰弱する。陸上で観察できる水生生物は衰弱しているものか、水族館などで水槽越しで生きているものくらいである。水中では素早く動くことができるエビであっても、陸上であればほとんど身動きを取ることはできない。つまり、陸上に住む人間にとって水生生物が脅威になることはほとんどない。このように水生生物に対しては精神的優位に立つことができるため、エビやカニなど見た目が気持ち悪いものでもあまり抵抗を感じないのだと考えられる。

 また、日本は四方が海に囲まれ、水産資源に富んだ国である。縄文時代に貝塚が存在することから、日本人は古くから、多種多様な水産物を利用してきたことがわかる。ゆえに、日本人は海の生き物に慣れているため、エビやカニを食べることに抵抗がないということも考えられる。

 もちろん、エビやカニは味が、見た目の気持ち悪さを払拭するほど美味しいから食べられているという理由も考えられる。しかし、昆虫の種類数は記録されているだけでも約100万種、日本から約3万種存在し、全動物種の8割は昆虫類で占められていると推定されている。すなわち、これほどの種類の昆虫がいるのならば、味が美味しい昆虫が存在すると考えても何も不思議なことではない。つまり、エビやカニは食べることができて、昆虫が食べられていないのは単にエビやカニが美味しく昆虫が美味しくないからだと決めつけることはできない。

なぜ現代人は昆虫を食べることに抵抗を持つのか

 大きく2つ理由が考えられる。1つは昆虫の多くが陸生生物であることである。陸生生物に対しては、水生生物と違い、精神的優位に立つことが出来ない。また、自然を排除し都市化した現代の都市では、人工物以外のものを見かけることが困難である。都市ではあらゆるものが人間のために存在し、計算された予測可能な空間である。公園の木々であっても、それは自然物であるが人間に憩いの場を提供するという目的で人工的に存在する。昆虫は都市において唯一の人間のために存在しない存在であると言える。ゆえに、都市に生きる現代人にとって昆虫は予測ができない邪魔者でしかなく、それ故に、現代人に昆虫嫌いが多いのだと考えられる。嫌悪している存在を食べることに抵抗を感じるのは当たり前ではないか。

 2つ目は昆虫のサイズである。昆虫は脊椎動物と比べてサイズが小さく、また、視認できないほど小さすぎるわけではない。ゆえに、たいてい食べる時にはその昆虫の体全体が視野に入ることになる。昆虫を食べる際にはそのサイズ感から、丸ごと一口で食べることが多い。頭部をそのままを食べることに抵抗を感じる人は少なくないだろう。牛や豚であっても、頭部がそのまま提供されれば、気味悪く感じる人は多いと思う。水生生物で精神的優位に立つことができる魚でも、頭部ごと提供されることはあっても、頭部を口にする人はごく少数である。エビの場合は絶妙な大きさで、殻を剥いても十分に身があり、頭部を食べることはほとんどない。カニの場合は一口で頭部ごと食べられるほど小さくない。

日本人が昆虫を一般的に食べる未来は来るのか

 現在の日本ではYouTubeなどの動画投稿サイトにアップロードされる昆虫食はたいていゲテモノとしての扱いである。近年昆虫食が注目されているとはいえ、昆虫食に対するイメージは悪くまた、昆虫食の指南書などは数少ないため、日本で昆虫食が流行するのはまだまだ先になりそうである。また、昆虫の多くが陸生生物であることやサイズ感による、昆虫に対する心理的な障壁が払拭されることはないため、これからの日本で昆虫食が一般に普及することは難しいと考えられる。

 ただ、生食文化のなかった外国人が今では喜んで寿司を食べているように、一時期に流行が起こり、食べる習慣が生まれれば日本人が昆虫を一般的に食べる未来は十分にあり得る。食べることに慣れることができれば気持ち悪さは払拭されるだろう。つまり、逆説的ではあるが、昆虫を食べることが昆虫嫌いを克服する方法であると考えられる。

 まあ私はお肉が食べられるうちは昆虫なんて食べようとは思わない。

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