アンリ・ミュルジェール『ボヘミアン生活の情景』第5章:シャルルマーニュの銀貨

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12月の終わりごろ、ビドー社の配達員たちは100通ほどの通知状を届けることとなった、ここに正真正銘その原本がある。

諸兄
ロドルフ君とマルセル君より、次の土曜、クリスマスの前夜、拙宅にて夜会を共にしていただきたく、謹んでお誘い申し上げます。楽しみましょう!
追記:人生は一度きり!!
式次
7時 サロン開場:歓談
8時 オデオン座で上演拒否された喜劇『産褥の山』の天才的作者たちがサロンに顔見世
8時半 傑出した達人アレクサンドル・ショナール氏による模写的交響曲『藝術における青の作用』のピアノ演奏
9時 悲劇における苦痛の排除についての論文、読書会1回目
9時半、形而上学者ギュスターヴ・コリーヌ氏とショナール氏による哲学とメタ政治学の比較討論。対立するふたりに何かしら衝突が生じるのを防ぐため、両者まとめて縛りつけておく
10時 文筆家トリスタン氏による自身の若かりし恋物語の朗読。アレクサンドル・ショナール氏によるピアノ伴奏つき
10時半 悲劇における苦痛の排除についての論文、読書会2回目
11時 さる外国の王子による火食鳥を狩る話
第2部
午前0時 歴史画家マルセル氏による目隠し即興画、白鉛筆で描く天国でのナポレオンとヴォルテールの会談。同じく即興で、ロドルフ氏による『ザイール』『アウステルリッツの戦い』各作者の比較
午前0時半 慎ましく服を脱いだギュスターヴ・コリーヌ氏による第4回〔古代〕オリンピック陸上競技の模倣
午前1時 悲劇における苦痛の排除についての論文、読書会3回目、そしていずれ職を失うであろう悲劇作家たちのための募金
午前2時 朝まで続く遊びと踊りのはじまり
午前6時 日の出と最後の合唱
宴のあいだ、扇風機は回っています。
注意:詩を詠んだり吟じたりしたがる者は、ただちにサロンから退出させ警察に引き渡します。また、蝋燭の燃えさしを持ち帰らないでください

2日後には、この手紙の複写が何通も文学や藝術の下層で燻っている者たちの間を駆け巡り、大いに話題となった。

とはいえ、招待されたほうとしては、この友人ふたりの派手な告知に疑問を呈する者もいた。

「とうてい信じられないね。トゥール=オーベルニュ通りのロドルフの家へ水曜会に行っていたことがあるけれど、座席とは名ばかりで、ほとんど濾過していない水をばらばらの器で飲んでいたよ」懐疑家のひとりが言った。

また別の誰かが応じた。「今度こそ大真面目だろう、マルセルに宴のプランを見せてもらったよ、あれなら魔法のようなことになるのは間違いない」

「女性も来るのか?」

「ああ、フェミー・テンチュリエールが宴の主役を買って出た、それにショナールも社交界のご夫人がたを連れてくるはずだ」

橋向こうのボヘミアン界隈を大いに驚かせた宴のきっかけは、手短に言うと、このようなことである。一年ほど前からマルセルとロドルフは豪華な祭典を予告しており、それはいつも次の土曜に催されるはずだった。だが苦しい事情ゆえ52週間も約束し続ける破目になり、一歩でも外へ出れば友人たちから皮肉を浴びせられずにはいられなくなっていた、中にはしつこく催促してくる無遠慮な者もいた。にっちもさっちも行かなくなってきて、ふたりはこれまでの約束を清算してけじめをつけようと決めた。それで前掲の招待状を発送したというわけだ。

ロドルフは言った。「さて、もう後には退けない、船を燃やしてしまった。残り一週間だ、あれこれやるのに必要な100フランを用立てるぞ」

「必要なのだから、手に入るだろう」マルセルは答えた。そして運まかせの不遜な自信を抱き、ふたりは100フランがもう前途にあると信じ込んで眠りについた。ありえない前途だ。

ところが宴の前々日になって、未だ何も得るものなしのロドルフは、燭台に明かりを灯すときになって恥をかきたくなければ、運に手心を加えたほうが確実だろうと考えた。事態を容易にすべく、ふたりは予定していた豪華な演目を少しずつ変更していった。

修正に修正を重ね、菓子の項目をあれこれ削除し、よくよく見直して清涼飲料の項目を減らし、総支出は15フランにまで切り詰められた。

問題は簡単になったが、まだ解決には至らなかった。

「もっと、もっと、こうなったら大胆にやらないと、なにせ今度こそ延期はできないんだから」ロドルフは言った。

「無理だ!」マルセルが答えた。

「ぼくがストゥジャンカの戦いの話を聞いてからどれくらいになる?」

「2ヶ月くらいかな」

「2ヶ月か、よし、そこそこ空いたな。叔父さんも文句は言わんだろう。明日ストゥジャンカの戦いの話を聞かせてもらいに行ってくる。5フランにはなるだろう、たぶん」

「ならばわたしはメディチ爺さんに「捨てられた館」を売ってこよう。それも5フランにはなるだろう。櫓をみっつと風車をひとつつける時間があれば、おそらく10フランにはなる、それで予算達成だ」マルセルは言った。

こうして眠りについたふたりは、常連たちを取られると困るから宴の日を変えてくれとベルジョイオーゾ公爵夫人〔オーストリアによるイタリア侵攻から逃れてフランスに亡命、パリでサロンを開いていた〕に頼まれる夢を見た。

朝早くに目を覚ますと、マルセルはカンヴァスを取って「捨てられた館」をどんどん描き進めた、それはカルーセル広場の古物商から特注を受けた題材だった。ロドルフのほうはロシアの退却を語るのが上手いモネッティ叔父に会いに行った。ロドルフは年に5回か6回、不如意のときに、叔父に武勇伝を語らせて満足させ、それと引換に幾許かのこづかいを貰っていたのだ。ストーブ職人の叔父は、熱心に話を聴いているふりをしていれば、つべこべ言わずに金を払ってくれた。

2時間後、うなだれながらカンヴァスを抱えていたマルセルは、叔父の家から出てきたロドルフとカルーセル広場で会った。芳しくなさそうな雰囲気だった。

「それで、そっちは上手くいったかい?」マルセルは尋ねた。

「いや、叔父はヴェルサイユ博物館〔国王ルイ=フィリップによりヴェルサイユ宮殿の一部が歴史博物館として整備された〕を見に行っていたよ。そっちは?」

「メディチのやつ、もう「廃墟となった城」はいらないそうだ。「タンジールの砲撃」を描いてくれ、だと」

ロドルフは呟いた。「宴を開かないと名望はがた落ちだ。何もないのに白ネクタイや黄手袋をつけさせたとなったら、友人の大物批評家はどう思うか?」

ふたりはどちらも激しい不安に苛まれつつアトリエに戻った。

そのとき近くの鐘楼が4時を打った。

「あと3時間しかない」ロドルフが言った。

マルセルは詰め寄って叫んだ。「しかし確実に、本当に間違いないのか、ここにきて金がないというのは?……なあ?」

「ここにも、他のどこにもないよ。どこから残金が出てくるんだ?」

「家具の下を探してみたら……肘掛椅子の間とか?ロベスピエールの時代には亡命貴族が財宝を隠したという話だ。ひょっとしたら!……わが家の椅子もきっと亡命貴族のものだったはずだ、ずいぶん重い、中に金属でも入っているんじゃないかと何度も思った……解剖してみたら?」

「あれは軽喜劇の小道具だよ」ロドルフは手厳しいような優しいような口調で答えた。

突然、アトリエの隅々まで探し回っていたマルセルが勝鬨を上げた。

「助かった!この辺に貴重品があったと思っていたよ……ほら、見たまえ!」そう叫ぶと、赤錆と緑青のついた、5フラン銀貨に似た大きな硬貨をロドルフに見せた。

それは多少なりとも美術的価値のあるカロリング朝期の硬貨だった。さいわい銘が残っていて、シャルルマーニュの時代の年号が読み取れた。

「それか、30スーの価値だな」ロドルフは掘り出し物を見下すように一瞥して言った。

マルセルが答えた。「上手く使えば30スーだって大いに役立つ。ナポレオンは千二百人でオーストリア軍一万人に立ち向かった。技巧は数に勝る。メディチ爺さんのところでシャルルマーニュの銀貨を換金してこよう。ほかに売れるものはここにないか?そうだ、そういえばロシアの鼓手隊長ヤコノウスキの脛骨の複製がある、あれは高値がつきそうだ」

「脛骨も持っていけよ。ただ居心地が悪いな、美術品がひとつもなくなってしまう」

マルセルのいない間、何としても夜会を開くと意を決したロドルフは、すぐ近くに住んでいる形而上学者コリーヌを訪ねた。

「頼みがあって来た、手を貸してくれ。サロンの主催者として、絶対に黒服がないといけないんだ、それで……ぼくは持っていない……君のを貸してくれ」

コリーヌは躊躇った。「しかしぼくも招待客として自分用に黒服が必要なんだ」

「フロックコートで来ても構わないよ」

「フロックコートなんかないよ、知ってるだろう」

「そうか、聞いてくれ、こうしよう。どうしてもというなら、君は宴に来ないで、黒服をぼくに貸してくれればいいよ」

「何だって、感じ悪いな。プログラムに載っているんだ、欠席はできない」

「取りやめになる演目は他にもたくさん出てくるよ。黒服を貸してくれ、で、もし来たければ好きな格好で……シャツ姿でも……誠実な召使ということで通用するだろう」ロドルフは言った。

コリーヌは顔を赤くした。「いや、だめだ!榛色の外套を着て行く。まったく、それにしても失礼だな」そしてロドルフがもうその黒服を取ろうとしているのに気づいて叫んだ。

「いや、ちょっと待ってくれ……中に何か入っている」

コリーヌの服について、説明が必要である。そもそもその服は完全に青色で、それをコリーヌは癖で黒服と言っていた。界隈の中でただひとり正装を持っていたので、友人たちは皆、哲学者の正装をコリーヌの黒服と呼ぶのが習慣になっていた。それに、この有名な服は、目にするような服の中では最も奇妙な、独特の形だった。とても短い胴にとても長い裾がついていて、深淵のようなポケットがふたつあり、コリーヌは常に持ち歩いている30冊ほどの本を入れていたものだから、友人たちの言うには、図書館が休みのとき知識人や文学者がコリーヌの服の裾に情報を探しに来るという、いつも読者に開かれている図書館なのだ。

その日は普段と違って、四折判の〔ピエール・〕ベール1冊、形而上の力についての3巻本、コンディヤック1巻、スヴェーデンボリ2冊、そして〔アレキサンダー・〕ポープの『人間論』しか服に入っていなかった。着る図書館から本を抜くと、ロドルフが着られるようになった。

「おや、まだ左のポケットがだいぶ重い。何か入れっぱなしだ」ロドルフが言った。

「ああ!本当だ。外国語のポケットを空にしていなかった」そう言うとコリーヌは、アラビア語の文法書2冊、マレー語の辞書1冊、そして愛読書である中国語版『牛飼大全』を取り出した。

家に帰ったロドルフは、マルセルが5フラン銀貨3枚を掌で弄っているのを見た。はじめロドルフは差し出された手を払いのけた、犯罪を疑ったからだ。

マルセルは言った。「早く、早く……必要な15フランが手に入った……こういう次第さ。メディチのところで骨董商に会った。そいつは硬貨を見るなり、あやうく具合を悪くしそうになった。硬貨コレクションで唯一欠けていたものだったんだ。欠落を埋めようと世界中に手紙を出した末、望みが潰えた。それで、あのシャルルマーニュ銀貨をよく確かめてから、迷わず5フランと言ってきた。メディチが肘で小突いて目くばせをした。売り上げは山分けだ、おれが値段をつり上げる、とね。30フランまで競り合った。ユダヤ人に15フランやって、残りがこれだ。さあ、招待客も来る頃だ、驚かせる準備はできた。ところで、君は黒服を手に入れたのか?」

「ああ、コリーヌの服だ」ロドルフは言った。ハンカチを取り出そうとポケットを探ると『満洲語』の小冊子が落ちてきた、外国語のポケットに忘れられていたのだ。

ふたりはさっそく準備に取りかかった。アトリエを片づけ、暖炉に火を起こし、カンヴァスの枠に蝋燭を乗せてシャンデリアとして天井に吊るし、仕事机をアトリエの中央に置いて演壇とし、その前には肘掛椅子を一脚だけ大物批評家の席として置き、テーブルの上にはありったけの本を並べた。夜会に来ることになっている栄えある作家たちによる小説や詩や新聞連載だ。文筆家の派閥どうしの衝突を避けるべくアトリエは4つに仕切られ、それぞれの入口に急ごしらえの札が掲げられ、こう書かれていた。

詩人   ロマン派
散文家  古典派

女性たちは中央に作られた空間に納まる手筈となった。

「さあ、できた!でも椅子が足りない」ロドルフが言った。

「ほう!街路の壁沿いにたくさん並んでいる、あれを取ってこようか!」マルセルは答えた。

「取ってきたほうがよさそうだ」ロドルフは隣近所から椅子をかき集めながら言った。

6時の鐘が鳴った。ふたりは大急ぎで夕食に出て、戻るとサロンの照明に取りかかった。放っておいても光り続けるようにした。7時にはショナールが宝石と帽子をつけ忘れた3人の女性を連れてやってきた。ひとりは黒い斑点のある赤い肩掛を羽織っていた。ショナールはその女性を特別にロドルフと引き合わせた。

「こちらの女性はやんごとないお方で、イギリス人ながらスチュアート家の没落により亡命を余儀なくされたんだ。英語を教えながら慎ましく暮らしている。御父君がクロムウェルの下で大法官を務めていたらしい。礼節を弁えて接してくれ、馴れ馴れしい口を利いてはいかんよ」

階段からどやどやと足音が聞こえてきた、招待客が到着したのだ。暖炉に火がついていることに驚いた様子だった。

黒服のロドルフがご夫人がたの前に進むと、たいそう時代がかった優雅さで手に接吻をした。20人ほど集まると、何か飲み物は出ないのかとショナールが尋ねた。

「すぐに出すよ、大物批評家を待ってからポンチ酒に火をつけよう〔会をはじめよう〕」マルセルが言った。

8時には全ての招待客が揃い、演目が始まった。合間ごとに飲み物が振舞われたが、それが何なのか一同には分からなかった。

10時ごろ、白ベストの大物批評家が現われた。1時間しかおらず、至って節度ある飲みかただった。

真夜中になると、飲むものがなくなり、寒さも厳しくなったので、座っていた客たちはくじ引きで椅子を火にくべた。

1時には皆が立っていた。

招待客たちの間に心地よい明るさが絶えることはなかった。悔やむべき事件は起こらなかったが、ただコリーヌの服の外国語のポケットにかぎ裂きができてしまったのと、ショナールがクロムウェルの大法官の娘を平手打ちしてしまった。

この記念すべき夜会は、一週間あまり界隈の話題となった。宴の女王となったフェミー・テンチュリエールは、友人たちに決まってこう言っていた。

「じつに素晴らしかったわ、蝋燭があったんだから、ねえ」

(訳:加藤一輝/近藤梓)

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